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お互いが苦痛にならない存在となる

雨が続きますね。そろそろ、洗濯物を外に干して、おひさまの光に当てたい!と感じています。
それでは、あきちゃん先生のコメントをご紹介します。

さて、本題です。(以下、引用)

自分のことだけを思い、自分のためだけに行動するよりも、自分が他人から必要とされていると感じたときのほうが、喜びははるかに大きいものです。患者さん同士は相手が必要としていることがより理解しやすいでしょうから、余計なお節介さえ注意すれば、たがいに喜びを分かち合えるでしょう。家族は、患者さんに与えているようでいて、実は喜びを与えられていることを、不安になったときにぜひ思い出してほしいと思います。
そして、スタッフや医療者は、「ありのままを認める」ことでさえも、患者さんと家族を支える喜びになることを感謝したいものです。
(以上)

4回も、長期入院をしたので、様々な患者さんを思い出します。山王病院と違って、公立病院の4人部屋でしたので、お隣やお向かいがどんな方かというのは、精神衛生上、大きな影響を及ぼしました。
Aさん…私と同病で、私が初めての入院の時には、すでに何回か入退院を繰り返されていました。
とても、開放的なかたで、ベッドの間のカーテンンも「好きなだけあけてください」とことらにまかせてくださっただけでなく、これからの治療の流れや、留意点などを教えてくださいました。あとでわかったのですが、看護学校の薬剤師をされている方でした。
Bさん…見るからにインテリで、枕元には、マリア像が置いてあります。(そう。カトリックの信者さんです。)この方は、自分が用があるとき以外は、カーテンを固く閉じて、あちらからは、一切話しかけてきませんでした。おまけに、夜中でもなんでも、お祈りしたいときはかまわず声をあげて(大声ではないですが)唱えていらっしゃいました。「神の教え」を私の都合に関係なく、説いていらっしゃいました。

私が、どちらの方と親しくなったかは、もうおわかりですよね?
Aさんとは、次の入院でも主治医が同じだったので、同じ病棟でした。ただし、2回目は、Aさんは、個室。
ある夜中に、たまたま私が水飲みに起きると、Aさんの部屋が明るく、御家族が集まっていらっしゃいました…すぐに状況は判断できました。

翌朝、奥様がわたくしのところにあいさつに来られ、「主人がまだ元気な時に、ご同室できたことをとても喜んでしました。」とおっしゃっていました。

次の入院から、私は、「Aさんのようにふるまおう。」と考えて、ほかの患者さんと接しました。それは、仕事や家庭でも一緒です。(家庭は、ちょっと自分勝手ですが。笑)
現在、新卒教員の指導をさせていただいておりますが、私の目標は、
新卒君と他の先生方の「触媒になる」ことです。なかなか性能の悪い触媒で、思うように行きませんが…

わたしとAさんは、親戚でもなんでもなく、たまたま2回の入院でご一緒しただけでしたが、Aさんとの出会いは私にとって一生忘れられrないものになりました。
こんなことも、わたしの「脳脊髄液減少症」との出会いに影響しているのかもしれません。

そして、そのことでお知り合いになれた高橋先生は、やはり「与える喜び」を持った方なのだと尊敬しております。




ここまで。

先日テレビに、ALSを患ったヒロさんという方が出ていました。
ALSというのは、体の神経が犯されて自分でできることがどんどんとできなくなる病です。今では、話すこともできず、人工呼吸器をつけて出演されていました。言葉は自分で発することはできなくても、ヒロさんは補助の機械をつかって(おそらく、目で言いたいことを機械に伝えているのだと思いましたが、)コミュニケーションをとっていました。そして、今の心境について、病気になったときは絶望に苦しんだけれど、今では多くの人とつながり活動することに喜びを感じており、こんな日がくるとは思ってもみなかったという趣旨のことをおっしゃっていました。

ヒロさんの周りには、ヒロさんとともにSTOP ALS活動に参加している多くのネットワークができていました。ヒロさんがおっしゃっていたことで印象的なことは、コミュニケーションができるということは生きること、尊厳にも繋がる大切なことだということでした。

「自分が他人から必要とされている、そして他人を必要としている」、これはコミュニケーションの根幹であり、生きるよろこびに繋がるのだと思います。患者であろうが、患者家族であろうが、ギブアンドテイクではなく、どちらも実は「ギブ=与える」ことをしているのだと私は思いました。

ヒロさんをサポートしている方はヒロさんを助けるというより、ヒロさんよりたくさんのものを与えられて、そして、ヒロさんに感謝していました。
「わたしなんかいなければ良い、迷惑ばかりかけて・・」と絶望してしまうほど辛い状況に追い込まれて追い詰められた方はぜひ、そう思わないでほしいと思います。いつも助けられるばかりで・・と自分を責めたりすることは決して必要ないのです。
身体が不自由であり、物理的には多くの人に助けてもらわなければいけなくても、その身体やその苦しみの状況を通して、精神的には多くの人にかけがえのないものを与えているのです。

どんな困難な状況でも、「ありのまま」で「受け入れる」ことができたならば、きっと、どんな立場であっても、喜びを得られるのだと私は確信しました。

いろんな人が世の中にはいます。でも、共通しているのは、人は生まれてそして生きて死んで行くのです。その過程で、多くの人と喜びを分かち合えること、精神性を高めることが生まれてきた一つの意味のように感じています。

言葉を発することができないヒロさんが、画面を通してですが、何も言わなくてもキラキラと輝いて私には見えました。
いつか、この病気の治験が進み、根絶されたら良いのにと思いました。
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明日死ぬとしても、今日花に水をやる。

あっこ様
みなさま

>「自分が他人から必要とされている、そして他人を必要としている」、これはコミュニケーションの根幹であり、生きるよろこびに繋がるのだと思います。患者であろうが、患者家族であろうが、ギブアンドテイクではなく、どちらも実は「ギブ=与える」ことをしているのだと私は思いました。

まさに、アドラーいうところの「共同体感覚」ですね。
「与える喜び」をもった人こそ、生きることに価値を見いだせるのだと思います。

さて、本題です。(以下、引用)
「もし明日世界が終るとしても、私は今日りんごの木を植えるだろう。」
と言ったのは、ドイツの神学者で牧師のマルティン・ルターです。宗教改革の中心人物として教科書で習ったことがあるでしょう。

この言葉の問われていることを私は、苦難の現実は誰にでも起きるけれど他者に関心を毛持つ、持ち続けることで貴い贈り物を遺すことができる、と理解しています。

「あなたは、明日死ぬとしても、今日花に水をやりますか?」
その花は、患者さんの周囲の人と同じです。「がんになった自分」だけにせいいっぱいになると、花に水をやる余裕がなくなることもあるでしょう。周りの人が離れていくと感じているのは、きっと自分の風貌が周囲と距離を置いているからです。患者さんの気持ちこそが周囲に向いていないのです。

「花に毎日水をやるように、あなたが周りの人のことを忘れず、慈しむように接するなら、たとえあなたが明日いなくなっても、あなたのことを5年先、10年先に思い出す人がいますよ。あなたのその生き方そのものが周りの人への贈り物になるのですから。」

この患者さんの行為、そして、水を与えられた鉢植えは、たとえこの患者さんがいなくなった後も、かけがえのない思い出とともおに、家族への贈り物として残されるでしょう。そうして、あなたが育てた花を。思いを、必ず誰かが引き継いで育てるはずです。
(以上)

私が入院中に一番気になってたことは、治療そのものに関することではなく、「私が、入院中、もしくは退院後に、『おみそ』として扱われるのではないか。」ということだったことは、前述しました。

幸い、入院中も退院後もそのようなことにはならなかったのですが、
これからは、その恩恵をを周りの人に返す番だと思っています。


あきちゃん先生

あきちゃん先生 こんばんは!

まだ梅雨明け宣言はありませんが、真夏を感じる暑さが突如やってきましたね。

私は少しゆっくりとできる時間がもてそうです。
子供たちが夏休みに入ったら、またなんだか気ぜわしく
なると思うので、有意義にすごしたいと思います。

それでは、コメントありがとうございました。

必要とされて与える

はじめまして。私は脳脊髄液減少症になり、かなりの時間を横になり過ごしています。
その間、色んな患者さんの力になればとおもい、情報を教えてあげて、相談にものってました。
しかし、情報だけ仕入れたら私からの連絡を無視して、他の方に情報を流して、グループで固まってたようです、
非常に残念にも思いましたが、今その方たちは家族離散、体調悪くて入院、寝たきり度がひどくなったと風の噂で聞きました。
やはり因果応報というのはあるんですかね?
私は今はかなりの遠出ができるようになり、それなりの生活をしています。
今思えば、神様が私にその方たちと近づくなということだったのかなぁと思いました。
そういうことをみにしみて思います。

ゆきこさま

こんばんは

コメントありがとうございます!
遠出ができるようになったのですね。良かったですね。
因果応報は、解釈が人それぞれですね。
とにかく、自分の心が喜ぶことをしたのならば、それは良しと
いうことだと思います。

どうぞ、季節の変わり目、ご無理をなさいませんように!
お身体ご自愛ください。
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