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肝臓のすぐれた働きに学ぶ

季節の変わり目で、体調をくずしてないでしょうか?朝晩は冷えることもありますので、皆様体をなるだけ温めて風邪をひきませんように。

それでは、あきちゃん先生のコメントを紹介します。


1 プロは人のその弱き乗じて苦しめず

やはり、これが一番大切ですよね。
私ども教職にあるものにとって、商売「相手」は子どもです。
弱いところに付け込んで?どんどん攻めていくのは、簡単です。
しかし、それでは、子どもは伸びません。

子どもに弱いところを支援して、強く伸ばしてやることこそ使命です。
これからも「肝」に銘じたいと思います。

ということで、今回は「肝」臓のお話。では本題です。
(以下、引用)

肝臓は、正常なときはごちゃごちゃ言うことがありません。余分な細胞分裂もしないで、静止状態でいます。黙って働いているのです。血中を流れているたんぱくの80パーセントは、肝臓でつくられていると言われます。

ところが、いったん事が起こると抜群の再生能力を見せます。
手術で3分の2を切除しても、ほぼ数週間で再生します。遺物に対しては実に肝要です。解毒、代謝作用もあります。

美徳ともいえる不言実行と寛容性、肝臓は両者を兼ね備えています。

人間も、このようなひとになれば、きっと人格者として敬われるでしょう。
「みなさん、肝臓になりましょう。」
「日本も肝臓のような国になったら、世界中の尊敬を集めますよ。」

興味深いことに、人間の臓器は約200あると言われていますが、世界の国もほぼ200です。

肝臓のように要となる役割を黙々とこなして、たとえ部分的にしなくなったとしてもすぐに再生する、そして、ことなるぶんかや社会を寛容に受け入れるような国に日本がなることに意義があると思うのですがいかがでしょう。

しかし、現在のの日本社会は、本来の役割を確実に果たす「正常細胞」が減少し、使命を見失った「がん化した細胞」が増殖する傾向あるように感じています。

社会のがん化を防ぐには、ひとりひとりが人として生きる新の使命を自覚することから始め、役割を全うすることです。

まさに、社会も個人も「いい覚悟」で生きるヒントを肝臓に学び。がん細胞に学ぶ必要があるのではないでしょうか。
(以上)

「社会のがん化」については、ある程度「定点観測」が可能な教職という職業にある私にとって、感じやすい部分があるのかもしれません。

たとえば、なにか、生徒指導上の問題が発生したときに、30年前だったら、自発的に謝罪ができたものが、今では、指摘されないと謝罪できない…さらには、指摘されても、しらを切りとおす…そんな場面がずいぶん増えたように感じます。
そして、子どものそういう傾向は、とりもなおさず、大人自身の鏡でもあるわけです。

今回の冒頭の樋野先生の「肝臓になりましょう」のお話は、学級指導などでも、たびたび生徒に語りかけてきた内容と合致します。



ここまで。


肝に関する慣用句が多いのも上記の話から理解できるような気がします。

肝臓のように人も不言実行、やるべきことを黙々と振舞うことができれば良いですね。


実は、物言わぬ臓器のようではありますが、異常をきたすと本当に即命取りになるのも肝臓かもしれないです。伯母が肝臓がんで亡くなりました。亡くなる前は本当に倦怠感など様々な苦痛な症状を伴い苦しかったようです。


脳脊髄液というのも、細胞成分をほとんど含まない液体のようです。そのために、廃液とも言われているようですが、実は脳や脊髄という大切な部分を守り、脳の形を守ったり、衝突を防ぐのには無くてはならない体液の一つです。しかし、物言わず黙々と自らの役割を果たしている故に、あまり注目されることもなかったのかもしれません。


しかし、事故などにより様々な神経症状を引き起こす脳脊髄液減少症が発症することがわかったわけですから、肝臓の研究が進んでいるように、脳脊髄液に関しても積極的に研究をし、治療をする医師が増えてほしいです。


研究が進めば、様々な奇怪な症状を引き起こす脳脊髄液減少症の治療にも様々な角度からアプローチできるかもしれないし、硬膜を外傷により損傷し、漏出が防げない場合における硬膜再生への医薬品開発が進むかも知れない。

さらには、体の細部のみならず、衝撃により骨格等のアンバランスから不調をきたす場合における全体の身体のバランスを整える治療法の開発など、色んなアプローチができるようになるかもしれないな・・と思いました。
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尺取虫になって歩む

あっこ様
か~こ様
みなさま

>研究が進めば、様々な奇怪な症状を引き起こす脳脊髄液減少症の治療にも様々な角度からアプローチできるかもしれないし、硬膜を外傷により損傷し、漏出が防げない場合における硬膜再生への医薬品開発が進むかも知れない。

2009年に当地で高橋先生にお願いした講演会では、教員向けだったので、児童の症例が中心でした。
クラスの優等生で、明るくバリバリだった中学生の女の子が、事故の後遺症で、字も、ミミズのような線しか書けなくなり、ろれつも回らなくなった症状が、BPによって回復する過程が紹介されました。

こんな実例があるのに、それを認めようとしないのは、もはや、医学とは呼べない、単なる「わがまま」?「意地悪」?としか思えないのです。
絶対、「診断」というきわめて理科的な要素に、「金銭的補償」という社会科的な要素を混ぜて計算?しています。
もちろん、計算式?は、成り立つわけがありません。

さて本題。
(以下、引用)

日々、大学で若い学生たちを相手に過ごしていると、「達成すべき目標」も大事だが、「進むべき方向」をまず決めることが大切だよ、と声をかけずにはいられません。

達成すべき方向とは、いわゆる「成功」でしょう。進むべき方向とは「生き方」です。教育者として伝える大切なことでもあります。
(激しく同意!します。by あきちゃん)

病気になって不安を抱いている人にも、私は同じことを言います。
進むべき方向を決め、足場を定めて一歩一歩確実に前進するものといえば、私は、まず尺取虫を思い浮かべます。

この尺取虫を、がんにたとえた研究者がいます。癌研究会癌研究所所長、国立がんセンター所長を歴任した中原和郎です。中原は、「尺取虫とは自分のオリジナルポイントを定めてから後ろの吸盤を前に動かし、そこで固定して前部の足を前に進める。かくていつも自分のオリジナリティーを失わないで済む。」としがん細胞もそのように生きていく、と言ったのです。
 つまり自分の生きる役割や使命感を問う作業は、尺取虫でもがんでも、生きる基軸ちなるオリジナルポイントを定める作業なのです。
尺取虫になって歩みましょう」
尺取虫の生き方は、いたずらに遠くの先にある光を目指すのではなく、足下を照らす懐中電灯を持ち、確実に進む生き方です。
先のことを考えたら希望を失いがちな状況であればこそ、足下をしっかり見つめて今日という日を生きる知恵を学びましょう。
(以上)

ここで、感心するのが、樋野先生は、患者に「尺取虫のような、生きる役割や使命感」を問いながらも、がんにも同じ強さを認めているということです。

病気にかかると、病気を誤解したり、甘く見たりして、ひどい目にあったり、場合によっては、取り返しのつかない事態を招くようなことにもなりかねません。

尺取虫のような自分をわきまえた慎重な生き方で、軽挙はくれぐれも慎まなければと、考えさせられた一節でした。







あきちゃん先生

あきちゃん先生 こんばんは。

>病気にかかると、病気を誤解したり、甘く見たりして、ひどい目にあったり、場合によっては、取り返しのつかない事態を招くようなことにもなりかねません。

尺取虫のような自分をわきまえた慎重な生き方で、軽挙はくれぐれも慎まなければと、考えさせられた一節でした。

本当にそうですね。

おそらく、情報が溢れている現代において、情報に振り回されるのでなく、自分がオリジナルポイントを定めて、慎重に生きなければならないように思います。まさに、尺取虫のようにですね。

樋野先生は色んな例えを出して物事を説明していらっしゃいますが、どれも納得できる内容で、本当に素晴らしいですね。

それでは、またアップお待ちください!
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