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どうせ人は死ぬのだから

私の中での繁忙期?を迎えておりまして、すこしゆっくりとなりますことをお許しください。


それでは、あきちゃん先生のコメントから紹介します。


さて、本題。
樋野興夫先生のご著書「いい覚悟で生きる」(小学館)の御紹介も、ちょうど中間地点に来ました!

そこで、「いい覚悟で生きる」ことへのアンチテーゼともいえるテーマになったのは、単なる偶然ではないと思います。樋野先生の強固な主張を感じます。

(以下、引用)
現代では、「いつまでも若く、健康でありたい。」という願いが再生医療を進歩させています。
しかし、私は、「人は遅かれ早かれ死ぬ」という事実を冷静に自分に言い聞かせることも大切だと思っています。
がんであろうが、脳出血、老衰であろうが、人間の死亡率はまちがいなく100%です。

こうした諦念を持つと、自分のために物質的な幸せ「、お金や地位や名誉、肩書に固執しなくてもいい、生にしがみつくこともない、という分別が生まれてきます。それは、まるで、ずっと背負ってきた重い荷物を下ろすような軽やかさを味わうに等しいのです。

もうひとつ、生死感から学ぶことがあります。もし、高い理想を掲げているあなたなら、崇高であればある程、それは、一代で、そう簡単には達成できるものだはないでしょう。でも、「自分は死んでも、自分のビジョンは100年後に花開けばいい。」と腹が座ると、理想もより大きく待てるのではないでしょうか。そして、そのために今、自分は何をなすべきか、見えてくる。欲張らず、瑣末なことに一喜一憂しなくなります。
(以上)

母が亡くなった時に、想像以上に悲しくありませんでした。他の親せきに比べて、大きくとりみだすこともなかったように思います。

それは、自分の中に「死を受け入れる準備」がたぶんできていたからかも、と思います。
そして、母には、感謝の念だけが湧いてきました。

やはり、「どうせ死ぬのだから」の裏には、「いい覚悟で生きる」ことが不可欠なのだと思います。



ここまで。
今回のテーマは、死生観につながります。
死生観を持っている人もいれば、いない人もいると思います。私は、自分なりの死生観があります。
「死」はこの世の「卒業」ではあるけれど、「終わり」ではなく、この世で形のあるものや、地位とか権力等の形はないけれど鎧のようなものはすべて脱ぎ捨てて、素の自分(心)だけがあらわになる世界へ移行(入学)するのだと思っています。

樋野先生がおっしゃる、
「お金や地位や名誉、肩書に固執しなくてもいい、生にしがみつくこともない、という分別が生まれてきます。それは、まるで、ずっと背負ってきた重い荷物を下ろすような軽やかさを味わうに等しい」
というお言葉には、私もとても共感しています。
この世だけは、この重たい荷物に価値を見出して、競争、闘争をしますが、じつは、虚しいことかもしれませんね。
そして、「死」は、絶対自分で選んではいけません。これは揺るぎない考えです。
自分で選ばなくても、必ずやってきますから、それまで自分の心を磨くことがとても大切だと思っています。

生きているからこそできる有難いこと、出会いに感謝しつつ、難しいですが、執着しない心をもって生きることができればいいなと思います。
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死を覚悟した瞬間

あっこ様

私は、死を覚悟した瞬間が何度かあります。
・小学生のころに、海で溺れて、レスキューに救助された時
・学生の時、雪山のクレバスに片足が落ちた時
・香港の空港で、金属探知機に反応してしまい、警備員?に自動小銃を突きつけられた時
・悪性腫瘍の予後を余命宣告され「る」時。等々
でも、案外、死は簡単にはやってこないもんだとも思っています。
もちろん、自分で死を選ぼうと思ったことは、金輪際ありません。
人間は、自分で希望して生まれてくることはできないのだから、死も、自分で選んでは、絶対にいけないと思っています。
明日は、勤務先の学年で、私の歓迎会をやってくれます。
こんな楽しいことも、ごく自然にめぐって来るのですから、何も死に急ぐこともない。
これが、私の死生感ですかね。笑。
アップありがとうございます。お手数をお掛けします。ご迷惑だったら、いつでも撤退しますので、ご遠慮なくお命じ下さい。

あきちゃん先生

あきちゃん先生こんにちは。

迷惑だなんてとんでもないです。

言いそびれましたが、じつは私もとある進学校(高校)で
英語の先生をしておりまして、今年は受験学年を
担当していますために、今休み明けの採点業務で
200枚ほどの採点業務と、大学の過去問の予習で
今忙しくしています。年度の初めはバタバタするものですね・・。

採点業務が一段落すれば落ち着くのですが、
それに時間を取られていまして、家のこともままならない
状態です(汗)。

そういうわけで、私もあきちゃん先生?なのです。(笑)

こうして、あきちゃん先生にブログに投稿していただけ
ますこともご縁だと思っております。教師としても
未熟な私に今後共ご教授ください!

それでは、あきちゃん先生のご負担でなければ
続けていただければ有り難く存じます。

いつもありがとうございます!

プロとして客観的な視点で自分をとらえる 

樋野先生のリードから。
「プロたるもの、こんなことをしてはならない、と医療従事者も、がん患者さんも、誇りと気概を持ちましょう。」

>言いそびれましたが、じつは私もとある進学校(高校)で
英語の先生をしておりまして、今年は受験学年を
担当していますために、今休み明けの採点業務で
200枚ほどの採点業務と、大学の過去問の予習で
今忙しくしています。年度の初めはバタバタするものですね・・。

あっこ様のご職業のことは、外遊のご経歴や何よりブログの書き込みから、ある程度「同じプロ(フェッション)のにほひ」を感じてはおりました。やっぱりね!という感じです。笑
私の書き込みもそれを、多少は意識していたのですが…汗

再び「いい覚悟で生きる」からの引用です。

「プロの為さざること」

1 プロは人のその弱き乗じて苦しめず
2 プロは人に悪意を帰せず
3 プロは人の劣情に訴えてことを為さず
4 プロは友人の秘密を公にせず
5 プロは人と利を争わず

プロフェッショナルとは思慮深く、一歩踏み込む胆力を持ち、根気よく仕事なり研究なりを続け、気概のある批判をする心を持っていなければなりません。がまん強く、丁寧な仕事を心がけ、最後には立派に完成するプロよ、出でよ、と切に願うのです。

医療従事者に限らず、今、病気と共存している人は、いっそ病気のプロ、達人だと自分を受けとめてみるのはいかがでしょうか。プロとしての客観的な視点で自分を捉えることは、苦悩さえも別の見方ができるように思うからです。

加えて私が強く言いたいのは、ダブルメジャーのすすめです。衣食住のための職業や生活のためにだけ時間を使っていては、人生いつかむなしくなります。自分の役割と使命感に燃えるライフワークをもう一つもつこと、それがダブルメジャーな生き方です。闘病にはいやなこともいっぱいあるけれど、そこに並行して生きがいを求めるものがあれば、結果として自分が救われます。
(以上)

「プロの為さざること」は、脳脊髄液減少症を蹂躙する保険業界や医師の方々に突き付けてやりたい気分ですね。笑

また、「患者のプロになること」は、もとより望むところです!
まだまだ、自分の中で割り切れないものがあって、プロと呼ばれるには、ほど遠い感じがします。

高橋先生が常におっしゃっている
「病気にかかることは、悪いことをしているわけではない。」
という強い気持ちが大切なのだと思っております。病気が重篤であればある程、自責の念が湧いてくるようなことが多いのでしょうけれど。

「自分の役割と使命感に燃えるダブルメジャー」については、まさに、今の私に求められている資質です。
市内200人の新採用者のうち、少なくとも2人については、私に重大な責任があると自覚しています。

ところが…
「ちょっと自己紹介させてね。」と言いながら、彼らの1時間を、まるまる奪ってしまって、生徒の前でおしゃべりを楽しんでしまう未熟な私がここにいます。











あきちゃん先生

あきちゃん先生こんにちは!


>あっこ様のご職業のことは、外遊のご経歴や何よりブログの書き込みから、ある程度「同じプロ(フェッション)のにほひ」を感じてはおりました。やっぱりね!という感じです。笑
私の書き込みもそれを、多少は意識していたのですが・・

そうだったのですね!言いそびれてしまって・・。
きりだすタイミングを逃してしまっていましたが・・、私も
楽しく毎日を過ごしております。
この職業は、本当に素晴らしい職業だなと実感しています。

ところで、

「自分の役割と使命感に燃えるライフワークをもう一つもつこと、それがダブルメジャーな生き方です。闘病にはいやなこともいっぱいあるけれど、そこに並行して生きがいを求めるものがあれば、結果として自分が救われます。 」

本当に共感します。

自分が置かれている状況の中で、生きがいを自分でみつけることは闘病という困難な状況の中にある患者さんにとっては
大変なことだと思います。

30歳を越した頃ある、難病になったしまった大学の先輩がいるので
すが、寝たきり生活を1年以上経て、今も病のため、生活は制限される日もあるようですが、起業をして障害者のためのグッズを
共同開発するお仕事をされている方がいます。

学生のときから、優秀だった方でしたが、本当にその行動力と
置かれた状況を活かす精神力には尊敬しています。

あきちゃん先生がおっしゃるダブルメジャーな生き方をしている
方の目は輝いています。

脳脊髄液減少症は、本当に苦しくて、辛い病だそうです。
徐々に寝たきりになる可能性のある病です。

でもそんな中でも、何でも良いので一つでも自分にとって、
欲をいえば、周りにとっても小さいことで良いので
良いことができるといいな・・と思います。

それでは、コメントありがとうございました。
しばらくアップまでお待ちください!

わかりますって!

あっこ 様

街を歩いていて、ムダに大きな荷物(冴えない?バッグなど)を持っている女性は、大抵は教員です。…と思ってます。笑
事実、街中で身軽に歩いている知り合いの女性教員には、会ったことがありません。みんな、バッグを二つは抱えている。
でも、そういう姿にすんごく安心もします。笑

では、アップよろしくお願いします!
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