スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いい覚悟でいきる 7

それでは、あきちゃん先生のコメントを紹介
します!

重大な病を宣告されると、人はほぼ例外なく、
心が砕け、幼い子どものように
聞き分けがなくなるのです。
医師の誠実な説明にも、心ここにあらず、
いわゆる「セカンドオピニオン・ショッピング」が始まります。

いまどき「セカンドオピニオン」は、ごく当たり前のことですが、
どこへ行っても同じ診断・同じ治療方針だとしても、
それに納得しようとせず、ついには民間療法に頼ろうとさえします。

かく言う私(あきちゃん)も、いかがわしい秘薬?
やお祓いの類まで勧められたりもしました!
しっかりDrと相談して、事なきを得ましたが…笑

「納得できない」患者さんは、裏を返せば、
「自分では決められない」不安を抱える患者さんでも
あります。聞き分けのない小児と同じです。

泣きわめく子どもをなだめるとき、
どんな方法がもっとも有効かというと、
それは愛で包み込むしかありません。
母親なら、ただ抱きしめてやるでしょう。
しばらくすると、子どもは、泣きやみます。
愛を感じるからです。

砕けてる心の患者さんも
それと同じことなのです。
さすがに、抱きしめてあげることはできません。
ただ黙って話を聞くのです。
相手の話す内容が、混乱したり
矛盾したりしていても、否定せずに、
最後まで聞き続けます。
そして、患者さんが悩みから抜け出すきっかけとして、
「砕けたる心、小児のごとき心、有のままの心」ですよと
返すのです。

人は、がんや病気をきっかけに
死というものを身近に感じると、
今日・明日を「いかにして生きるか」という
哲学的な命題と向き合うようになります。
人間には、そういう誠実なところがあるのです。
患者さんや家族の方が必要としているものは、
いかにして生きるかという「生きる基軸」です。(以上)


ここまで

ところで、セカンドオピニオンショッピングに関しては、
脳脊髄液減少症は病名を求めて・・という
これまた特殊な病であった(ある?)と
思います。

過去の患者さんであればあるほど、病名を
求めるまでの期間が長く、その間、「異常なし」
という診断のもとドクハラに苦しんだという話も聞きます。

ブラッドパッチ治療が先進医療になってから
医療現場も変わってきているとは思いますが、患者の
ニーズを満たしているかといえば、保険適用で
治療が受けられないなど、まだまだであると思います。

当時を思い返すと、かーこも高橋先生に出会う前の
半年以上、異常なしの診断の後ドクターショッピングを
繰り返しました。交通事故が絡んでいるため、医師から
受けたひどい言葉により医療に見切りをつけました。
針などの療法に切り替えたのちも、凄まじいほどの
肉体的苦痛にうちのめされ、良くならないので
お祓いも行きました。

なので、病名に納得ができない(納得したくない・・)
からセカンドオピニオンを求めて・・というのとは違って、
脳脊髄液減少症は、病名を求めてセカンドオピニオンをという
患者さんが多い(かった?)病だとも思えます。

死と向き合うがんは、生きるということを
真剣に考え、向き合わなければならない病です。

病が深刻であれば深刻なほど、他の病でも
健康ならば当たり前になりがちな「生きる」という命題に
対する答えを求めようとするのだと思います。
色んな本を読み、考え、迷いながら、患者も家族も
朧げに見えてくる自分なりの哲学を見つけ出そうとするの
かもしれません。

「生きる基軸」の有無で、病に対する受け止め方が
変わるとは思いますが、そう簡単に見つけ出せるものでは
ありません。

多くの人が年をとるにつれて大病を患ったりするのも、
生きるということについて向き合うことが
人生における最難題であるからもしれない
と感じています。

人間は弱いものです。
「砕けたる心、小児のごとき心、有のままの心」
辛い時にあたたかく包み込んでほしいと
望むのは幼児だけではないと思います。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

セカンドオピニオン

あっこ様

たしかに、ドクターショッピングをしなかった脳脊髄液減少症の患者様は、いらっしゃらないと思います。

また、それは、「セカンド」というのとは、ちょっと違うかな、とも思っています。
一回目の「起立性調節障害」や、はては、「精神病」「気のせい」などという診断は、明らかに、「誤診」なのですから、「ファーストオピニオン」たりえないと思います。
「脳脊髄液減少症」の診断が、最初の「確定診断」なのではないでしょうか。

さて、今回は、「いい覚悟で生きる」の中で紹介されている「日本の病理学の父」山極勝三郎教授についてご紹介したいと思います。

恥ずかしながら、不勉強で、お名前を存じ上げなかったので、本を読んでみました。
『栄光なき天才たち』(集英社コミック文庫)
『まぼろしのノーベル賞 山極勝三郎の生涯』(神田愛子著、国土社)

幻のノーベル賞とは、世界で初めて、人工がんの培養に成功した業績をさします。

しかし、「ウサギの耳にコールタールを塗布する」という彼の研究は、競争者はおろか、同じ研究室の同僚からも揶揄されていたのです。

なんだか、脳脊髄液減少症の現状に酷似していませんか?
新しい研究というのは、特に、日本では、何かしらの横やりが必ず入ります。
私が本症の講演会を初めて市で立案した時も、教育委員会からクレーム?を頂いたくらいですから…
(今では、県教委のHPに広報されています。ソレ見たことか!っていう感じです。笑)

髙橋先生ら、本症を先進的に研究なさっている方々に、大きなエールを送るべきと思っています。
そして、そういうエールが、悪性腫瘍をはじめ、肝炎にしても、HIVにしても、ハンセン病にしても…「患者の権利」を勝ち取ることにつながったのだと思います。

脳脊髄液減少症の保険適用(周知・広報)運動も、歴史に学ぶべきです。



あなたに死ぬという大切な仕事が残っている

あっこ様
か~こ様
みなさま

今日の授業でのことです。
私:「それで、朝鮮出兵に失敗した秀吉は、やがて、どうなったと思う?」
生徒A「死にました~」
ほかの生徒から失笑を買いました。

ここで、若い教師なら、
「お前、ふざけてんじゃないぞ!」などと、一喝するところです。

私は、
「大正解!」「人は皆、いつかは死ぬんだよね。でも、人は、どう死んだかが問題なんだよ、いつ、いかなる場合でも。」
生徒たちは、とたんに静まって、しばし沈黙が続きます。

「死」について、こんなに冷静に語れるようになったのも、私が、5年に一遍、「余命宣告」を受けているからだと思います。

さて、本題です。

「まさか自分ががんになり、余命宣告を受けるとは夢にも思いませんでした。」
がん哲学外来にくる患者さんのほとんどがそう言います。
(私こと、あきちゃんもそうでした。)
「希望を捨てずに頑張りましょう」と周囲の人たちは声をかけたそうです。
その言葉は患者さんにとって、あまりにも残酷に響き、かろうじて張りつめていた細い糸を断たれた思いがしたそうです。

「それでも、あなたには、死ぬという大切な仕事が残ってますよ。」

しばらくの間、その人はうつむいたままでした。
「わかりました。何とか頑張ってみます。」

私も、全身全霊をもって選んだ言葉です。
がんと「向き合う」ことから、がんに自分を「ゆだねる」ことに変えられたとしたら、きっと少しだけ心の深呼吸ができたはずです。

人間は、人生に期待すると簡単に失望するけれども、人生から期待される存在という生き方に変わっていく気づきの瞬間があります。それは、人生の役割、使命感への気づきであり、死ぬ瞬間まで自分を成長させることができるという学びでもあるのです。
間違いなく「いい覚悟で」生きることにつながると私は信じています。
(以上)

この節を読んでいて、私自身の疾病に対する考え方と、非常に近いものを樋野先生のお言葉の端はしに感じました。
そうは、思いませんか? あっこ様

・疾病と「向き合う」ことから、自分を「ゆだねる」という風に考えること。
・期待される存在という生き方に変わっていく気づき。
来月から、新任教員指導者という立場を与えられました。
この二つは、ますます大切にしていきたいし、特に、後者は、これからの教育会を担う若人にも伝えていきたいと考えています。

間違えました!

みなさま

教育「会」ではなく、教育「界」です、もちろん。
「漢字書き取り」×ですね。笑

「暇げな風貌」と30秒間の静思を

あっこ様
か~こ様
みなさま

いよいよ、樋野興夫 著「いい覚悟で生きる」のご紹介も、第1章「ゆだねる」を終わります。

本題です。

(以下、引用)
「暇げな風貌と30秒の静思を」
これは、患者さんよりは、そのご家族、そしてがん哲学外来のスタッフや医療者にみょり気づきのある言葉なのかもしれません。

30秒という間は、慣れない人にとっては思いのほか長く感じると思います。
沈黙に耐えられず、話しだす人もいます。

その段階ではまだ本音の対話には至りません。
沈黙をともに過ごせるというの、相手に無用の遠慮をしないですむ信頼関係があってこそだからです。

忙しそうにしている人間には、人は心を開かないでしょう。自分の脇を甘くして、相手につけ入るすきを与え、懐の深さを示す、これが私の心構えです。

「言葉の処方箋」を30秒間、お題目のように唱えることで、病気の不安などネガティブになる気持ちを30秒遅らせるのです。
もうひとつ、30秒の使い道があります。集中力に欠ける時や、やるべきことが手につかないとき、30秒がまんして続けてみてください。
30秒続けば、その先は必ず楽になります。試してみてください。
(以上)

1年間の授業が終わると、各クラスで、各教科担任に「メッセージカード」のようなものを生徒がくれます。

今年、3年生からももらいましたが、
「わかりやすい授業だった。」
「DVDが面白かった。」
「入試を当ててくれてありがとうございました!」
などに交じって、特に女の子たちから、

「先生の笑顔が可愛い!」
「先生の笑顔に癒されました!」などの感想をたくさんもらいました。
60歳の大の大人をつかまえて、15歳の小娘が、「可愛い」とは、何言だ!とも思います。笑

でも、特に女の子たちは、そういう私の「余裕」に、平安な気持ちでいられたのかもな…などとも思います。自信過剰でしょうか?
そして、特には何も語らない男の子たちも大好きです!
「男は、黙って勝負!」ですから。笑

4月からも、「笑顔が可愛い先生」を、がんばります!

皆様へ:
一応、「いい覚悟で生きる」の第1章のご紹介を終わりましたが、
「もっと、こういう風にしたらどう?」とか、
「もう、止めろ!」とか、
忌憚のない御意見をお聞かせください。

あきちゃん先生

あきちゃん先生、おはようございます!


山極勝三郎先生の名前はなじみがなかった私ですが、
うさぎの耳にコールタールを塗布して人工ガンの培養に
成功したというお話は以前何かで読んだことがあります。

あきちゃん先生が教えてくださった??のか、
何で知ったのかは思い出せないのですが・・。


新しいものは、受け入れられるまでに時間が必要
ですね。しかし、受け入れられようと努力された先人の
お陰で後世の人はその恵みを受け取ることができる
のですね・・。

歴史は色んなことを物語っているようにも思います。

ところで、2回分のコメントありがとうございます!
ひとつひとつアップさせていただきます。


ところで、あきちゃん先生の皆様へのご質問ですが・・

ご存知のとおり、私たちのブログにコメントをくださるのは
ほぼ・・あきちゃん先生だけでしたので・・コメントの返信は
ないかもしれません。

ただ、私の意見を忌憚なく述べさせていただければと思います。

「いい覚悟で生きる」の第1章のご紹介ありがとうございました。

私が感じることですが、かーこの疾病や看病について
当時を思い返して書く最近の記事と、リアルタイムで
書いていたときの記事に関しては温度差や、少し感じる視点の違い
が出てきてしまい、記事を書く手が止まることも多くありました。

あきちゃん先生がこうして別の視点からコメントをいただけたり
記事にさせていただけるのを同意してもらえたことは、
過去を思い返して書くということ以上に、
今の自分の視点で感じたことを書けるので
ありがたかったです。

もし宜しければこれからも、お時間やお身体が許すのであれば
コメントをいただければありがたく思います。

それでは、また後ほどアップさせていただきます。
ありがとうございました。

山極勝三郎 先生の業績

あっこ様


了解いたしました。
これからも、至りませんが、なるべくご期待に沿えるよう頑張ります。

ところで、今回わかったのですが、山極教授は、例の「脚気論争」に関して、「脚気病論」も著しているんですね。読んでみたくなりました!

「まぼろしのノーベル賞 山極勝三郎の生涯」は、
http://www.kokudosha.co.jp/search/info.php?isbn=9784337331136
第60回産経児童出版文化賞の産経新聞社賞を受賞したなかなかの児童書です。
あっこ様、か~こさま、両家のお子様方にもお薦めいたします。
ぜひ、ご一読ください。

あきちゃん先生

あきちゃん先生 おはようございます!

脚気論争のときに色々と調べていたので
読んだのかもしれません!脚気論争も
あきちゃん先生が教えてくださったんですよね。

私も山極勝三郎医師について読んでみたくなりました
ご紹介ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします。
プロフィール

あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。