スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

めぐみのとき

なんとなくブログから遠のいていました。
かーこの病気が現在進行形だったとき、
溢れ出る色んな感情を忘れないようにと、
形のない思いを言葉の形で残すことに
必死になっていました。当時を思い返すと
急き立てられるわけでもないのに、
感情のかけらをこぼさないように
すくい取っていたようにも思います。


ただ、形のない気持ちを形ある言葉に
変換する作業の難しさを何度か感じ、
立ち止まったり休んだりしてしまうのも
事実です。

先日ある方が、私たちのブログを
昔の物から繰って読んでくださったことを
しりました。

心優しく、どんな出来事からも
ありがたいことをみつける方でした。
その方は、かーこよりずっとずっと前に
追突事故により脳脊髄液減少症になり
そして今もずっとその症状に苦しんでいる
方でした。


その方は、長い間もがき苦しみ、
健康ならば想像することも不可能な痛みや
想像を絶する様々な症状を今も抱えながらも、
それらの一つ一つをまるで「白いハンカチ」に変えて
人が一番大事にすべき深奥の「心=魂」を
磨き続けているようにも思えます。


できないことではなく、今の自分にできることに感謝をし、
もっていないものではなく、自分がもっているものに感謝し、
どんな小さなことでもその中からありがたいことをみつけだし、
周りに何よりも「恵み」と「ありがたさ」を感じ、
それらを言葉にあらわし、
そして、
「この経験がいつかだれかのためにできる日がくればいいな・・」
と言う方でした。
実際には今でさえ辛い中、自分よりもっと辛い人を想像し
自分ができることを考え自分にできることをする方です。



どうか・・


この世に目に見えない人知を超えた大いなる
存在がいるとしたら・・


その方の苦しむ症状の一つでも二つでも
取ってあげてほしい・・。


私の心はそばにあります。


遠くから沢山の光があなたに降り注がれる
ことをイメージしています。



最後に



かーこの病が現在進行形だった時
友人からもらった詩をここに記します。


「めぐみのとき」 晴佐久神父


病気になったら どんどん泣こう
痛くて眠れないといって泣き
手術がこわいといって涙ぐみ
死にたくないよといって めそめそしよう
恥も外聞もいらない
いつものやせ我慢や見えっぱりを捨て
かっこわるく涙をこぼそう
またとないチャンスをもらったのだ
自分の弱さをそのまま受け入れるチャンスを



病気になったら おもいっきり甘えよう
あれが食べたいといい
こうしてほしいと頼み
もうすこしそばにいてとお願いしよう
遠慮も気づかいもいらない
正直に わがままに自分をさらけだし
赤ん坊のようにみんなに甘えよう
またとないチャンスをもらったのだ
思いやりと まごころに触れるチャンスを



病気になったら 心ゆくまで感動しよう
食べられることがどれほどありがたいことか
歩けることがどんなにすばらしいことか
新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか
忘れていた感謝のこころを取りもどし
この瞬間自分が存在している神秘
見過ごしていた当たり前のことに感動しよう
またとないチャンスをもらったのだ
いのちの不思議を味わうチャンスを



病気になったら すてきな友達をつくろう
同じ病を背負った仲間
日夜看病してくれる人
すぐに駆けつけてくれる友人たち
義理のことばも 儀礼の品もいらない
黙って手を握るだけですべてを分かち合える
あたたかい友達をつくろう
またとないチャンスをもらったのだ
試練がみんなを結ぶチャンスを



病気になったら 必ず治ると信じよう
原因がわからず長引いたとしても
治療法がなく悪化したとしても
現代医学では治らないといわれたとしても
あきらめずに道をさがし続けよう
奇跡的に回復した人はいくらでもいる
できるかぎりのことをして 信じて待とう
またとないチャンスをもらったのだ
信じるよろこびを生きるチャンスを



病気になったら 安心して祈ろう
天にむかって思いのすべてをぶちまけ
どうか助けてくださいと必死にすがり
深夜 ことばを失ってひざまずこう
このわたしを愛して生み 慈しんで育て
わが子として抱きあげるほほえみに
すべてをゆだねて手を合わせよう
またとないチャンスをもらったのだ
まことの親に出会えるチャンスを



そしていつか 病気が治っても治らなくても
みんなみんな 流した涙の分だけ優しくなり
甘えとわがままを受け入れて自由になり
感動と感謝によって大きくなり
友達に囲まれて豊かになり
信じ続けて強くなり
自分は神の子だと知るだろう
病気になったら またとないチャンス到来
病のときは恵みのとき



・・・・・・・・・・・・・・・

「すべての病気には崇高な意味があり、
すべての痛みが人類を最も深いところで支えている。」

と晴佐久神父が『泣いていいよ』という後ろの章で
書いています。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

激しく「同意」!

あっこ様

今週は、午後、全部出張で、まるで営業職のようです。笑
授業に比べて、車の運転は何と疲れることか…明日もです。ハア~。

入院していて、文字通り「不幸中の幸い」だったのは、以前、高橋先生のブログにも書かせていただきましたが、家族の絆を強く感じることができたことです。

それが当時だけでなく、現在の家庭生活のどれだけ支えとなっていることか…

また、ベッドに仰臥していると、本当にに自分でも驚くくらい神経が敏感になります。
マイナスのほうに敏感にならなくてよかったし、それは、家族や病院スタッフの、それこそ献身的な支えがあったればこそと思っています。

何度、ほんの些細なことに感動して涙したことか…

神父様がおっしゃるとおりの闘病生活(闘うという言葉は違うと思うし、闘うと思ったこともないのですが、ほかに良い熟語が浮かばないので)を送れたことに心底感謝していますし、女子マラソンの有森さん風にいえば、「自分で自分をほめてあげたい」と思うのです。

私はカトリックではないのですが(村の神官の家系です。笑)、ヨハネパウロ二世の追悼ミサ?には、地元の教会に出させていただきました。

ほんとうに晴佐久神父様のお言葉や、ヨハネパウロ二世が日本でおっしゃっていたことには、理屈抜きで共感いたします。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/etc/hiroshima.htm




あきちゃん先生

あきちゃん先生、おはようございます。

朝晩は冷え込むようになりましたね。
末娘のダウンに次いで、私もダウンしており、
返信が遅くなり申し訳ありません。

出張お疲れさまです。
結構遠くまで出張されるんでしょうか・・?
どうぞ、お疲れを溜めませんように。

ところで、あきちゃん先生のご家族は
とても素敵な皆さんなんだろうなと・・いつも想像しています。
あきちゃん先生がご家族にとってかけがえの
ない存在であることを、あきちゃん先生の病を
通して再度ご家族も強く感じられたんだと
思います。

一見マイナスと思われるような出来事の中にも
あきちゃん先生のように、「不幸中の幸い」を
感じることができるのは、素晴らしいことだと
思います。

幸も不幸も誰でもなく自分が感じることと
選択することができるようにも思います。
多くの幸せを感じ取れる人に私もなりたいなぁ
と思います。

歴代のローマ教皇のお言葉には
素晴らしいものが多くありますね。
私も理屈抜きで共感します。
また、ご紹介くださいね。

いつもありがとうございます。



リンゴ売りの魔女

あっこ様

「風邪は万病のもと」といいます。十分にお気をつけください。

かく申す私の悪性腫瘍も、最初は「咳」の症状だけでした。
そして咳が抜けない抜けないと思っていたら、半年で20kg体重が減り、
症状は、あっという間に「ステージ3」に進行していました。本当に危ないところでした!

中学教師の出張といったら、各種の研修会や、高校との入試相談などです。
夜までかかることはないのですが、どちらも子どもの将来ががかかっているので、気が抜けません。

私の分掌の教育相談の研修では、最近、子どもたちの問題行動が、「福祉がらみ」になっていて、教育相談機関だけでは解決できず、福祉事務所や精神科・警察などにも出かけます。保護者の犯罪も多いです。

学校はもはや、教育機関ではなく、福祉施設化しつつあります。泣

入試相談は、まるで白雪姫の魔女になった気分です。どんな傷ものだろうが、「このリンゴが一番おいしい」みたいに生徒を「押し売り」してくるのですから…汗。

「真っ赤なウソ」とはいかないまでも、相当赤いことは言ってきます。笑

私は、娘と映画やコンサートに行ったり、プリクラを撮ったりもするのですが、その辺が、生徒たちの驚きのようです。ちょうど、父親を毛嫌いするお年頃ですから…変態親父か何かと思っているらしい…笑

昨日は、家内と「キャプテン・フィリップス」の映画をみてきました。
http://www.captainphillips.jp/site/#home

トム・ハンクスの映画はすべて見ているのですが、これは、特にお勧めです! 家内も感動していました。是非どうぞ。

そのあと、映画の半券で食事をしたり、ちょっとした買い物をしたり…
どこの夫婦にでもある風景ですが、なんと、入院する前は、お互いに、ほとんど単独行動だったのですよ。そんな「さびしい夫婦」だったのを、少しずつ隙間を埋めているだけです。特別変わったことはしていません。

ローマ教皇といえば、12億信者の「パパ」ですから、どなたも、並みの人間とは出来が違うと思うのですが、とくに、ヨハネパウロ二世は、他宗教の私からみても、敬愛すべきお人柄でした。


あきちゃん先生

あきちゃん先生 こんばんは。

風邪は万病のもと・・きをつけますね。
実は、まだ抜け切れていないすっきりしない症状を
抱えてます(涙)。

ところで、あきちゃん先生は
体重の減少が20Kgもあったのですね・・。
それは驚きです。

入試相談については、先生と親の立場では
気持ちも全くちがうのでしょうね・・。自分の入試のときに
親がどんな気持ちだったのかをきっと感じる時が
くるのかなぁ・・と思っています。

先生の立場だと、子供たちの将来を見据えたり厳しく
相対評価をしなければならなかったりとこれまた
大変だと思います。


奥様とのデート♡良かったですね!
私は主人と映画は随分行ってないです。
ほぼ、映画は友達とと決めているんで・・。
先月も友人と邦画ですがみてきました。

ローマ教皇の選出は今年の話題でしたね。
多くのカトリック信者が固唾をのんで
見守るコンクラーベ・・
こういう感じなんだと映像でみて
興味深かったです。

いつもコメントありがとうございます。

幸せは、自分の心が決める。

あっこ様

いよいよ来週から「リンゴ売りの魔女」週間です。笑
生徒の進路がうまくいってほしい、その一心のみです。

あっこ家も、かーこ家も、「まだまだ!」なんて思ってると、すぐですよ。笑

>幸も不幸も誰でもなく自分が感じることと
>選択することができるようにも思います。
>多くの幸せを感じ取れる人に私もなりたいなぁと思います。

このことは、とくに病を得てから、ずっと考えています。

書家の相田みつをさんは、

 しあわせは 
 いつも 
 じぶんの 
 こころが
 きめる   (原文縦書)

と書いていらっしゃいます。
その通りだ!と、「激しく同意」します。

他人がどう思うか、なんて全く関係ない。

自分が自分のことを幸せだと感じられることが、
「本当の幸せ」なんだと思います。

この土日は、ゆっくりできそうです。
エレキベースを弾いたり、クラッシックを聴いたりしながら、
ヌクヌクと?過ごしたいと思います。笑

あきちゃん先生

あきちゃん先生、こんにちは。

この土日は、ゆっくりできそうなのですね。
エレキベースを弾いたりできるんですね。すごいですね!
高橋先生ともどこか趣味も共通していらっしゃるように
思います。


生徒の進路がうまくいってほしい・・
先生の想いが届いたとき、生徒の沢山の笑顔が
返ってくるのでしょうね。受験には悲喜こもごもな
側面があるので、私はあまり好きではありません・・。

それでもこの世に受験が嫌でも存在するんですよね。
だから、好き嫌いを言ってる場合ではないのですが・・
やっぱり自分の時を思い返しても、とてもストレスフルだったなぁ・・と
感じます。きっと親の立場だとまた違う意味で
のストレスがあるんでしょうね。

不本意な結果となった子供たちにも、かならず
別の場所で、自分次第で花を咲かせることはできると
信じて欲しいです。
また、努力は無駄にならないから精一杯の今できる努力を
してほしいです!
あきちゃん先生の生徒たちがみんな笑顔になれますように。

幸・不幸を自分で決める・・
自分で幸を感じ取れる人は素敵ですね。

私の知り合った中にも、
想像を絶する苦しみを経験されているにもかかわらず、
そういう経験を糧にして、全てを受容し「幸」に包まれている方が
いらっしゃいます。

そういう方はわたしから見たら
菩薩様のようにも想えます。
こころが素晴らしいんだと思います。
あきちゃん先生も「病」を感謝というプラスのパワーに
変えていらっしゃいますね。
素晴らしいと思います。

あきちゃん先生、どうぞ週末楽しんでくださいね。

いつ温かいもコメントありがとうございます。

家庭の温かさ

あっこ 様

「逐一ご報告」みたいになってしまいますが、
午前中、家でゆっくりした後、

娘と昼食(回転ずし)&スーパー銭湯(もちろん、男女別ですよ。
近所に、ナトリウム・塩化物強塩の天然温泉があります。笑)
に行って、マッサージもしてもらって、すっきりして帰ってきました。

そのあと、ドボルザークの「新世界より」を聞きました。
http://www.youtube.com/watch?v=AScd-0uvz9o

この曲は、中学生の私をクラシックにバーンスタインが誘ってくれた忘れ得ぬ曲です。
今までの諸々が思い出され、家族の絆の感慨に浸っていました。

今週は、家族について考えさせていただいて、ありがとうございました。
「家路」が懐かしくて、教員になったのかも?なんて思ってしまいました。

御礼まで。

あきちゃん先生

あきちゃん先生 おはようございます。

土日ゆっくりされたようで良かったですね。
娘さんとのお出かけも素敵ですね。
銭湯にお寿司とは考えただけでいいなぁ・・と
思ってしまいます。


ドボルザークの「新世界より」のURLの添付
ありがとうございました。
小さいころ5時ごろになると放課後家に帰るようにと
このメロディーが流れていた気がしてとても
懐かしかったです。

家が温かいというのは、家族ひとりひとりが
そういう空間をつくるからですよね。

意識するしないにかかわらず
私は、そういうものに創り上げる努力
をひとりひとりがしているんだとも
思います。

あきちゃん先生のご家族がとても仲が良いのも
あきちゃん先生をはじめ皆さんがとても
温かいからだと思います。


私は、子供とは遠慮もなく小さな喧嘩になることも
ありますが、それをもすぐに笑って
ふっとばしてしまいます。

一番近い存在である家族は
円(輪)の中心のようなものだと思うので
そこを大切にできるところから中心から
同心円で広がっていく波のように、
周りをも本当の意味で大切に
できるのかもしれませんね。


いつも温かいコメントありがとうございます。

No title

あっこ様

>一番近い存在である家族は
>円(輪)の中心のようなものだと思うので
>そこを大切にできるところから中心から
>同心円で広がっていく波のように、
>周りをも本当の意味で大切に
>できるのかもしれませんね。

素敵な考え方ですね。

不登校も、当初の心因性によるものが大半を占めているといわれた時期と違って、
いまは、「学校生活脱落型」が、7割くらいを占めるとされています。

脱落する原因は、もちろん「家庭の養育態度」にあります。
学校は、本当に「福祉施設」の様相を呈してますよ。

家内が小学校低学年専門なんですが、最近は、「シモの世話」を焼かなければいけない子が、どんどん増えているそうです。

つまり、小学校入学段階でトイレトレーニングすらできていないわけです。
その子らに、「漢字」だの「計算」だの耐えられるわけがないですから、「自然に」学校から脱落していく…

>同心円で広がっていく波のよう…
うちなんか、そんな清楚な姿はまだまだですが、それでも、さざ波が不規則に起こっている(津波も珍しくない)ような家庭が多すぎると感じています。

あきちゃん先生

あきちゃん先生、おはようございます。

愛は循環とよく言われますが、私は根っこがないところには何も
育たないとも思うんですね。根っこを育てるのは
家だと思うんです。お勉強に限らず、いや勉強以上に
道徳であったり価値観であったり・・。

色んな意味で私も四苦八苦していますが、(苦笑)
子供の心の根っこを育てて、いつか子供が
自立した時それを周りに波及することができる大人に
なってほしいな・・と思います。

教育現場に携わっていると、色々な家庭の子供たちと
接することになるので、あきちゃん先生がおっしゃる
福祉の様相を呈しているというのも
そうなのかもしれませんね・・。

「漢字」とか「計算」とか基礎的な学力はもちろん
大切だとは思うけれども、
私は学力一辺倒の偏差値教育には疑問をもっていて、
数値ではかることはできないけれど、
とても大切でしかも子供一人ひとりが
必ず心の底に持っている「思いやり」や「優しさ」
という心の根っこを強固なものに育てていきたいなと
感じています。

いつも温かいコメントありがとうございます!

教育目標

あっこ様

私にも、目標があります。

それは、「同僚にしたい(ような)仲間」「伴侶にしたい(ような)相手」です


こういう男女に育って欲しいと願いながら、日々奮闘しています。

あきちゃん先生

おはようございます!

あきちゃん先生、そのお考えとてもいいですね。

子供たちがいつの日か、
同僚にしたい、仲間にしたい、伴侶にしたい
と思われるような人に育ってほしいと思います。

あきちゃん先生は生徒さんに対して、そのように
思われて接してらっしゃるんですね。素敵ですね。
そういう先生にいつか私の子供たちも巡り合える
といいなとも思います。

今日はいつもより早く5時から起きてました。
朝日が心地よいです。今日も良い一日を
おすごしくださいね!

いつもありがとうございます!
プロフィール

あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。