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時間と距離

時間と距離

皆同じように1分1秒流れているし
誰にとっても100mも1kmも同じなのに
この感じ方の違いを
闘病中と今で考えてみた。

あんなに時間が流れるのが遅くて
このままどうやって流れる時間を過ごしていけばいいのか
臥しているだけなのでたくさん時間はあるのに
1分1秒が辛すぎて長すぎた病の時。
やりたいことはいっぱいあるのに何もできない。
目が覚めている時間は辛いから
できることなら眠り続けたいとさえ思っていた日々。
眠っている時だけが幸せだった。

今は自分の時間にやることがいっぱいあって
やらないといけないこともいっぱいあって
やりたいこともいっぱいあって
1分1秒なんて気にすることもなく
あっという間に時間は流れていき
気がついたら月単位年単位で時間が流れている。

病の時もやりたいことはいっぱいあったけど
体がどうしてもついていけずにやれなくて
時間が流れるのが何でこんなに遅いのだろうと
自分自身が不甲斐なく天井を見つめながら考えていた。

時間は皆に同じように流れているはずなのに
感じるスピードが全然違う。
辛かったけど深かった時間が病の時間。

そして・・・距離。
すぐそこまでの距離がとてつもなく大変だった。
挑戦と思って母に付き添われて近所に散歩して
帰りに体力が続かなくて
何度も休憩してやっと帰ってきた。
数分でいけるはずの距離がとてつもなく遠くて
自分の力の限界を見せつけられ落ち込んだ。

旅行が大好きだった私は
行きたいところはたくさんあったのに
近所が無理だから旅行なんて絶対無理になってしまって
悲しくて落胆した日々。

今は距離を感じることはない。
遠い場所は交通手段を自ら選んで移動できるし
それを選択するのも容易になった。
病の時は移動手段があっても
出発点まで辿り着くのが大変で
そこがどんなに近くても遠く感じた。

少しだけ動けるようになった時、
近所を散歩しながら
光を浴び、風を感じ、花に祝福され
以前は当たり前だったことに感謝した。

距離と時間。
病の時に感じるこの2つの概念は全く違う。

病の時
通院までの距離と
治療を待たされる時間
これは健康な人の尺度で考えてはいけない。
すぐそこまでとかたったこれだけの時間とか
それがどれだけ大変なことか。

淡々と流れる今の自分の時間に
少しだけ病の時の自分を思い返してみた。



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よくわかります!

か~こ 様

私も入院している時そうでした。

ただし、私の疾病は、公私の保険で補填されており、もしこの病院でだめなら、最終的には、国立がんセンターに行くことも家族も同意でしたし、
そこまで治療体制が整っているということに、安心して身をゆだねていました。

ですから、か~こさまが感じていらっしゃった不安には、やはり、本症が置かれている不安定な状況が深く影響しているのだと思います。

一刻も早い保険適用が望まれます。

現在、私は、走ることもできませんし、一日おきの病院で、不便さもたくさんあります。

でも、それをうけとめて、その中で自分のできることをするように努めています。

あきちゃん先生

あきちゃん先生、こんにちは。
めっきり肌寒くなりましたね。

最近ブログの更新もままならずバタバタしていたのですが
少しだけ立ち止まって
自分の過ぎていく時間に闘病中の時を重ねて考えてみました。

時間というのは同じように流れているはずなんだけど
楽しい、嬉しい、幸せはあっという間に流れ
辛い、苦しい、悲しいは長く感じるものですよね。

淡々と流れる時間に
季節もどんどん移り変わり
社会も動いていってます。

健康な方や元気な方たちが動かしている社会は
確かに勢いはあるのですが
その枠から離れてしまうと少し冷たくもあり
政治こそこういう観点にも目を向けたものでなくてはいけないのに
なかなか本症は問題が多く進みませんね。

少しずつでも良い方向に向かうといいなと本当に思います。

あきちゃん先生、寒くなりましたがお風邪などひきませんように!
いつもありがとうございます。


病気で辛いこと

か~こ様

病気で辛いことは、治療の痛さでも、治療費の高さでもありませんでした。
自分が社会から必要とされなくなってしまうのではないかという不安です。

その点、私は入院中も、けっこう周囲から相手にされて、家族とも職場とも入院によってかえって絆?が深まったと感じています。

まさに「不幸中の幸い」です。

あきちゃん先生

あきちゃん先生おはようございます。
こちらは天気もよく清々しい朝です!

>自分が社会から必要とされなくなってしまうのではないかという不安

これは病と隣り合わせにある不安だと思います。
自分が必要とされなくなる不安はイクオール悲しみでもありました。

私は職場をわけがわからないまま退職しましたから
病がわかったとき仕事に戻れるかという不安=悲しみに突き落とされました。
仕事が好きだったから自分のあの時の状態ではできないことも痛いほど分かり
その悲しみが大きく落ち込みました。

一方、また仕事に復帰するぞ!という強い強い思いは
病気を退治する動機づけとしては十分すぎるものとなりました。
仕事に復帰する、自分で独立するという夢が
今を導いてくれたことも否めません。

あらゆる事態が自分に起こったとき
それをどう捉えどう受け容れどう対処していくか・・・
この病気で学びました。
今日も一日頑張ります。
あきちゃん先生いつもありがとうございます。


どう受け容れるのか?

か~こ様

結局、そこに尽きるのですよね。

しかし、このきわめて自己的なことが、いかに周囲の状況に左右されることか…それを知ったのも病のおかけです。
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あっこ&かーこ

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