スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

0から風

ふと、チャンネルをまわすと
BSで昼間に映画がやっていました。 
「0からの風」という映画でした。
それは、女優の故田中好子さんが主役の映画で、
私は田中好子さんが好きだったので
それがどんな映画か知らず観てみることにしました。

数分後に私はその映画に引き込まれていました。
それは、無免許運転・飲酒運転の男によって
大学に入学したての19歳の尊い息子(鈴木 零さん)の命を
一瞬にして奪われた(実在する)女性が立ち上がり、
37万の署名をあつめ、
危険運転は重罪であることを訴え続け、
刑法を変えたという話でした。
彼女は、息子が通うことが叶わなかった
大学入学を心に決め、
50歳を超えて早稲田大学をめざし三年頑張り
大学にも入ります。

単純にストーリーをいうと、
そういう話で終わってしまうかもしれませんが、
私はそこに、被害にあったものの苦悩と
そこからやっとのことで這い上がり、
しかも這い上がる過程でも
周囲の色んな言葉に傷ついた女性の姿を涙なくしては
見ることができませんでした。

単なる謝罪では許すことができない姿・・

「あなたも加害者になる可能性さえあるのだから
 そこまでしなくても・・
 あなたは十分加害者を追いつめた」

という言葉に対する彼女の対応は、

「あなたも経験してみればわかりますよ・・」

という一言でした・・。
そうなんだ・・・
誰も同じ経験をしてみないと同じ立ち位置にならないと、
誰も悶えるほどの深い悲しみや苦しみを
完全に理解することはできないのだと思いました。


時間が解決してくれること・・
そういう言葉すら、
例えば、非のない事故で重い障害を抱えてしまったり
かけがえのない存在を失ってしまったりしたときには
その時間はどれほど長く重く本人や家族にのしかかってくるか・・
そういうことを、
今まで出会った患者さんのことを
思い浮かべながら考えてしまいました。


多くの重大な事故は
何度も危険運転を繰り返しているドライバーによって
引き起こされています。
かーこの車を追突した加害者も危険運転が
初めてではありませんでした。


そして、この映画にでてくる加害者も
危険運転で何度も摘発されたことがありました。
一度は謝罪にくるも、
女性の心の苦痛を癒すための十字架を背負いきれず、
最後は逃げてしまいました・・。
どんな謝罪があっても、夫亡き後一生懸命
育ててやっと息子が大学に合格した矢先に、
このドライバーによって大切な命を奪われてしまった悲しみは、
女性からは拭い去ることは困難でした。

しかし、一方彼女は加害者の心からの謝罪と真摯な
行動をもって息子の命を奪ってしまったことの
意味をあなたの立場で示してほしいと言っていました。


自分の十字架を下すために、
自分が楽になるために謝罪するのではなく、
刑を終えても・・
本当に罪を意識しているのならば、
その罪は刑法で課せられた刑を全うしたから終わるのではなく、
被害を負わせてしまった相手の心の苦しみが
心からの謝罪を通して相手の心に響き、
そしてやっと少しずつその重荷を下せるまで
きちんと向き合うことによって
本当の意味で許されるのだと思います。

この映画は薄っぺらい映画ではありませんでした。
一度謝ったからゆるすとか・・
そんなに心は簡単なものではなくて、
実際は、交通事故で人の命を奪っていても
謝罪にすらこない加害者がいたり、
刑を終えたら許されるとかか・・、
そんなんでもなく、
何年も何年も血を吐くような思いで
苦しみ続ける事故遺族が存在することを伝えていました。

刑が軽いから同じ犯罪を繰り返すドライバーがいることを
伝えてくれました。

命の重みを伝えるために、
命のメッセージ展を開き
一瞬にして事故によって奪われた尊い命を
無駄にしないようにと女性は立ち上がりました。

失われた命は取り戻すことはできないし、
事故によって誰かの人生を変えてしまうこともあります。
ハンドルをもつ手にその自覚と責任をもつこと・・
これが何よりも運転免許をもったドライバーが
心しなければならないことだと思います。
とても心に響く映画でした。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

「責任を持つ」という意味

あっこ様

中間テスト問題作成などで、忙しくしておりました。

先述の柔道指導について。
我が校では、体育教員が、特別指導員の柔道6段の方とチームで授業をしています。
子どもたちの評判は、とてもよく、ていねいに詳しく教えてくださるようです。

もちろんそのための予算は、学校独自のものではなく、市会計から支出されています。

税収がままならない市町村ではどうなっているのか、心配です。

このように、何か決まったら「責任を持って実行する。」ということが大切なのだと思います。

現在、「~は、責任を負えません。」という表示や断り書きの何と多いことか。
自分から、「~も責任を持ちます。」なんてことはまれです。

そうやって、自分の身にかかる災厄から自分自身を保身することばかり考えている風潮が世の中に横行してないでしょうか?

学校では、近隣からの苦情にはすべて原則的には、応対し、放置自転車や通学路に転がっている猫の死骸まで片付けます。
本当にむなしくなることがあります。

あきちゃん先生

あきちゃん先生

こんにちは。

柔道6段の先生に教えてもらえる子供は幸せですね。
車でも、初心者ドライバーが初心者を教えるということは
考えられないですから。危険回避の仕方をまずは
熟知してから指導にあたってほしいです。

初心者は何かと不安があります。経験不足から
くる不安はマイナスを引き寄せる可能性があると
思います。だからこそ、あきちゃん先生のおっしゃる
責任のとれる指導者が必要なんだと
思います。

責任をとれる指導者ということは、
自分のすることに自覚と自信をもっているでしょうし、
事故を最小限にすることも知っているでしょうし、
事故というのはゼロはありえないけれど、
責任と自覚と自信のある指導者VSそれらの欠如した
指導者では雲泥の差があると思います。

もし、子供たちが事故に遭って脳脊髄液減少症になっても、
今は給付金はおりない(学校側は責任をとらない)ようです。
先日ある患者さんで、国会議員へ陳情をよくされている
方からお話しを聞きましたが、まだまだ
学校側の事故で脳脊髄液減少症を発症した
場合の受け皿はまちまちで、殆ど整っていないようだとのことでした。

脳脊髄液減少症は、お金の問題はともかく何よりも、子供たちにとって
1年2年・・その後も学校を休みがちになるほどの
身体を崩してしまう危険をはらんだ病ですので
なんとか、その危険を多くの現場の先生に知っていただき
指導にあたって貰いたいと思います。

「責任」のとれる人間・・。
それはハンドルを握るドライバーの姿勢にも
いえることだと思います。

あきちゃん先生、いつもコメントありがとうございます。

学校の責任

あっこ様

これについては、一言言わなければなりません。

学校は、「責任を取らない。」のではなくて、「取れない。」のです。
日本スポーツ振興センターのいわゆる「学校保険」は、保険点数に対する補填という形で行われます。

したがって、「脳脊髄液減少症」と診断された時点で、補填の道は閉ざされてしまうのです。
厚労省で認めていない疾病を、文科省が疾病として認めるはずはないですから,厚労省で保険適用されていないものは、学校保険の対象とはなり得ないのです。

学校事故と脳脊髄液減少症の因果関係も、本症の診断基準が確立されておらず、裁判では、敗訴しているのが現状です。

一刻も早い本症の保険適用認可が、すべての道を明るく照らすことになるのだと思います。 


あきちゃん先生

あきちゃん先生おはようございます。

学校側は責任をとらないのでなく、取れないのですね・・。
確かに、そうですね・・。
厚労省が認めていないものを、各学校それぞれの判断
で認めるわけが無いですから・・。ただ、議員さんを
知っていたりすると、少し状況が変わることもあると
聞きました。知っている方はまだ金銭面では救われる
可能性がでてきますが、そんな方ばかりではないので、
対応のばらつきがあること自体、おかしなことです。

もう少しでしょうか・・。
あとどれぐらいでしょうか・・。

待つことがとても辛い患者さんが多いので
一日も早い保険適用を実現してもらいたいです。

今日は雨ですね。足元に気を付けて
保温して風邪などひきませんように。

いつもありがとうございます。
プロフィール

あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。