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家族

台風一過で、関東は晴れましたが
体調が辛い患者さんが多かったのでは
にか・・と心配です。

さて、下記柳沢桂子さんの「いのちのことば」
の中の「家族」の章からの一説を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛するとは
ほんとうにその立場に立ってものを考え、
行動することだと思います。
その愛こそが、私を内的に能動的にしていると
やっと実感できるようになりました。
人間を愛せた喜び。その喜びが私の心を満たすとき、
その他のいっさいのものが色あせて見えます。

人の助けを必要とする弱者は、
人々に真の喜びをあたえうる存在であることがわかる。
弱者を手助けすることによって、
助けた人の心が満たされる。

苦しみをいっしょにわけもとうと
手を差し伸べてくれるひとがいるということは、
人間のもつもっとも大きな喜びの一つではなかろうか。
温かい気持ちに守られて、
大切に思われている毎日は、
肉体的に苦しくとも心は満たされている。
心は癒され、慰められ、安らいでいる。


以下続く・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「家族」の章の前に「病」の章があります。
そこで、柳沢桂子さんが
病名がつかなかった時に子どもにすら
苦しい病のことを話せなかった・・と
書かれていました。

だから、上記は病名がついた後のお気持ちを綴った
ものだと思います。

外見からわかりにくい病は
家族の理解をも超えているということも
納得できる気がします。
だからこそ、病名がつかない時の患者は
とても追い詰められてしまうのだと思います。

どんな病も、温かい気持ちに守られるべきなのに、
病の中にも選別があり、社会的にも経済的にも、そして
医学の見地からも・・守られる病と、そうではない病が
存在しているのが現状です。


保険適用を早期に実現してほしいです。


多くの病が市民権を得た過程でも
家族の働きかけももちろんあったでしょうが、
患者の声がきちんと体系的に整理され、
医学を学ぶ先生方に適切に学ばれていったのだと
思います。


家族もそうですが、医師も経験が無いわけですから、
患者と向き合うときは患者(=経験者)の言葉を
まっすぐに受け止めることはとても大切だと思います。

そういうことがなされたと感じた時、
「肉体的に苦しくとも心は満たされている。」
という柳沢桂子さんが述べられたような言葉が
患者からでるのだと思います。

私は、肉体的苦しみを訴えるかーこを前に
何もできなかったことが
とても辛かったことを思い出します。

肉体的苦痛をとるのは医学の分野ですが、
精神的苦痛をとることができるか否かは
周囲の対応にかかっています。

だからこそ、経験の有無に関係なく、
苦痛を訴える患者の周囲にいる人は
優しくあってほしいなと思います。
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「人間」のいう字の意味するところ

あっこ様

「塩狩峠」はご存じでしょうか?
http://www.zusi.net/meisaku/siokari/miura.htm

あれほどの自己犠牲でなくとも、「人の役に立つ」ことは、人間として生きる生き甲斐です。

三浦綾子さんも、次々大病をなさったからこそ、ああいう小説が書けたのだと思います。

その点は、吉村昭氏や正岡子規など、病を抱えながら創作活動に打ち込んだ人の行間に共通するものが読み取れると思います。

「人の間」で生きてこその「人間」です。
本症には、そういう意味で「人間性を軽視するような状況」がまだまだ存在すると思います。

あきちゃん先生

あきちゃん先生
おはようございます。

塩狩峠は読んだことあります。
というか・・三浦綾子さんの本は大好きで
結構読んでいます。

病苦とともに生きた作者だからこそ
書ける小説だと思いますし、作者の根底に
神とともにいるゆるぎない信念があるからこそ
人間への観察力も素晴らしいと思います。

あきちゃん先生オススメの夜と霧を
先日読み、2回目を読んでいます。
良い本というのは、一回読んだだけでは
だめで、私は何度も何度も開くことにしています。
時間をあけて読んだり、時間をあけなくとも
2度目3度目読むと、まったく違った
発見があり、本当に深いなぁ・・と感じます。


夜と霧ではショッキングな内容に、
自分の想像力の浅はかさを痛烈に知り、
そして、自分のしらない究極状態に追いやられた
人間の心というものを教えてもらったような
気がします。

自己犠牲ということでいえば・・
他人には自己犠牲のようにみえても
本人は実はそれが喜びなのだろう・・とも
思います。犠牲という言葉はなんとなくマイナスな
イメージがあるので、犠牲ではなく偽善でもなく
心の底からの喜びなのだと思います。


以前線路の中に誤って落ちた人を助けようと
とっさに線路に飛び込み、命を落とした方の報道が
されていましたね。
とっさの判断なので、そこには考える余地など
無いのでしょうが・・彼らの根底がとても美しい
と感じます。


人間は誰しも、誰かの役に立ちたいという
心の底からの願望があり、
それが勤労であったり、
育児であったり
そういうものへと繋がっていくと思います。

一方、役に立ちたいという意味では
介護などでも、「誰かの役にたつ」ためには
その「誰か」必要なわけですからが
人々に心の底の優しさを気づかせる意味でも
そういう役割を一時になっている存在が患者なのかも
しれない・・という風にも考えます。

誰しも、人は病気になったり、怪我をしたり
するわけで、支えあうことが、あらゆる状況でも
できるといいなと思います。

あきちゃん先生、いつもありがとうございます。
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あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
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