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聞き役に徹すること

理解されにくい病に
慢性疲労症候群という病があり、
先日病名の変更がなさるべきだと
患者団体が声明を発表したことが
ニュースで報道されていました。

慢性疲労という言葉の響きからイメージする
「疲れが継続的にたまった病」
という感じが
患者が実際に身体で感じるものとはかけ離れていて、
さらなる無理解にさらされることを懸念しての
動きだと思います。

疲労に焦点をあてていうと、
朝起きてパンを焼くという
行為すらしんどい・・と以前かーこが言って
いました。でも、家族のためにそれを
しなければならない・・
それは強迫観念となって
さらに心も苦しめる・・。

こんなこともできないの・・と
思われたくないし、言われたくない・・
そういう行為一つが辛い・・
そういうこともあったようです。

私は、慢性疲労症候群という病名を聞いたとき
かーこから聞いたこの具体例を
思い出します。


恐らく、数をあげればきりがないほど
具体例はあるのだと思います。
でも、この病も無理解の壁が
患者の苦しみに追い打ちをかけている
ことは確かだと思います。


市民権を得ていないといえば、
脳脊髄液減少症患者が併発しやすい
線維筋痛症も患者団体が理解を求めて
国に嘆願しています。


今のところ、原因が不明で治療法も
ないことから難病であることは確か
ですが、特定疾患に指定されていないため
何ら保障が無いと聞いています。

最初に高橋先生を受診したときに、
線維筋痛症の患者が痛みを感じる
痛点を押されて痛くないですか・・と
聞かれました。その時はかーこは殆どが
痛かったと記憶しています。

身体を刃物で切り裂かれるような痛みが
走る病だと聞いたこともあり、
どこか脳脊髄液減少症の患者のいう症状と
似ていると感じつつも・・
脳脊髄液減少症と同様に
非常に辛い病なんだ・・と
言葉を失ったことがあります。

脳脊髄液減少症の多くの患者が
治療後の波のことを話しますが、
波が大きい時にかーこの落ち込みや
悔しさを何度も聞きました。
一方、波が穏やかな時は、落ち着いていました。

感情があるから、痛みや不調により
とても心も揺れるし、心の揺れを抑える
全員に効く特効薬は無いのかも
しれません・・。

そんなときは・・どんな病でも
ただ辛い時は辛いとつぶやける環境と、
周りの理解があればいいな・・と
思います。

そういう環境と周りの理解があったら・・
無理解という追い打ちの苦しみは無いと
思います。理解さえあれば・・
辛い身体に鞭打って何かをせねば・・
という強迫観念も患者にはなくなり・・
身体を休ませることに
罪悪感も無くなると思います。


まだ市民権を得ていないような疾患の
無理解をなくすのは、
辛い患者が国に働きかけて
初めて獲得する類のものである必要はなく、

患者の周囲が、その病を理解しようと勉強して
はじめて達成されるべき問題だと思っています。

患者の声はネットなどにも
蓄積されているし、
患者が辛いと感じることには
同じではないけれど
部分的には共通点があるようにも
感じています。

だから、せめてその共通点だけでも
国がどうこうするのを待つまでもなく
患者の周囲は理解しようと努力する
気持ちさえあれば、
見た目だけでの判断で、
あれこれ言うこともなくなると思うのです。

私は、患者の家族としての立場しか
わかりませんが、
その病を経験していない周囲の人(家族)は、
理解しようと努力した上で、
経験がないから
理解することは到底できないことも理解して

ただ聞き役に徹し
ただ黙って傍に寄り添うことが
何よりも大切な時もあるのではないかと
思ったりします。


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No title

あっこ様

>ただ聞き役に徹し
>ただ黙って傍に寄り添うことが
>何よりも大切な時もあるのではないかと
>思ったりします。

「激しく同意」します!

私は、入院前後、まさにそういうシチュエーションでした。
今でも、それ続いているのかもしれません…ある程度、健康になったので、気が付いていないのかもしれませんから。

だからこそ、本症の患者様もあまねく、そのようなシチュエーションにおかれるべきと思うし、そのために自分のできることを考えていきます。

勤務先の学校で、インフルエンザがはやり始めて、ついに閉鎖された学級もでました。

皆様、くれぐれもご自愛ください。



あきちゃん先生ですよね?

おはようございます。

かーこが辛かったときですが・・
やっぱりいくら双子でも辛いんだろうな・・と
わかっても言葉にだす症状が奇怪だったので
理解はできなかったんですね・・。

だから辛いときは、ただ
聞くことぐらいしかできなかったんです。


あきちゃん先生の奥様やお子様は
あきちゃん先生のお話を聞いてくださったんですね!

溜めこまないことって大切だと思います。

かーこはそんなにつらいときも
言葉は意識してかどうか・・良い言葉を
使っていたような気がします。

言葉って大切で、一旦発せられたら
消せないくらい人を傷つけることもあるので
私も気を付けていますが・・
辛いときもかーこ自身
私の家族を笑わせたりしたり。。
色々気をつかってくれたので
だから、一緒にいられた4か月は
とても貴重な時間だったとも
今となっては思い出されます。

インフルエンザ・・注射していますが、
うがい手洗いきをつけます。

あきちゃん先生も、お気をつけて

受容的マインド

あっこ様

以前、高橋先生のブログにも書きましたが、
私の場合は、「話を聞いてもらう」というより、
「(何もできない私でも)すべてを受け入れてくれる。」という感じだったと思います。

文字通り、「生死の境目」にあった者にとって、「地獄に仏」ということだったのかもしれません。

脳脊髄液減少症の患者様を救うのではなく、「死の淵に追いやる」ような言動もあると聞きます。悲しいことです。

あきちゃん先生

おはようございます。
今日は寒いですね。アイスバーンには
お気をつけてくださいね。

受容的マインド・・大切ですね。
奥様とお子様は本当に大きな存在ですね。

私は症状について理解もできないし、
症状を軽くすることもできないから
ただ聞くぐらいしか当時は
できなかったんですね。

でも、話すや聞くということに
関しても
そうしたいときもあるだろうし
そうしたくないときもあるだろうし


そっと静かにすることが
一番なときもあるかなぁ・・とも
思います。

No title

「愛とは全身全霊を傾けて聞くこと、
受け入れることに尽きる、

つまり、その人とともに一致して存在すること、
それが愛」
だと、鈴木秀子さんの本に書いてありました。

本当に「聞く」こととは、日常的な話を聞くこととか、相談に乗るとかと全く違っていて、
私たちの周囲にいる、心が傷つき、病んだり苦しんだりしている人たちに、癒しと救いを与えることができるそうです。

ミヒャエルエンデ作の「モモ」にも、そんな主人公、モモが出てきましたよね。
ただ聞くことによって、ありのままの相手を肯定し、受け入れることができるのだなぁと感じています。
あっこちゃん、いつも素晴らしいお話をありがとう!

鍵コメ拍手コメさま

コメントありがとうございます。
お辛い経験でしたね。

私も加害者・保険会社・・・ひいては事故の原因を作った会社を
自分の心がここまで人や他を恨むことがあるだろうかと思うくらい
憎みました。
そのときの私はきっと鬼のような顔だったと思います。
保身に走った加害者を許せなくて心の底から憎んだのです。

でも・・・いつの日かそんな自分にしんどくなって悲しくなって
そして横に置くことにました。
意識して考えないようにしました。
結局自分が怒って憎んで恨んで・・・
全部自分に返ってきて誰でもなく自分が辛くなったのです。

それから良いことばかり考えるようにしました。
もらい事故で謝罪も無く悔しいことは数え切れないほどありましたが
でも・・・その一方で美しい心の持ち主に出会えたり
縁もゆかりも無い方が私を助けようと必死で頑張ってくれたり
見渡せば有難いことばかりでした。

どちらに目を向けるかだと思います。
私はできた人間ではないので、心の最悪期も経験して
やっとやっと気付きました。
どちらを向いて生きるかは誰でもなく自分の選択です。

人の幸・不幸をいうつもりは全く無いのです。
自分が幸せと感じながら生きていきたいから
私は有難いほうだけをみてこれからも生きていこうと思っています。

このブログでよかったらいつでも遊びに来てください。
コメント嬉しかったです。ありがとうございました。

みんみんちゃん

いつも優しいコメントありがとう。

「愛とは全身全霊を傾けて聞くこと、
受け入れることに尽きる、
つまり、その人とともに一致して存在すること、
それが愛」

すてきなお言葉ですね。
そして、
みんみんちゃんは
色んな素敵な本を読んでるね!

モモ・・って読んだことないんです。
課題図書とかになってますよね・・
子どもには読ませたいです!


その人と一致して存在すること
つまり愛・・って
すごく深い言葉ですね。

長年連れ添った夫婦が
空気のような存在になることにも
近いかな・・とも思ったり、

目の輝きや曇りで
その人の心を察知することが
できたり・・・とか・・

適度な空気感を大切にしたり・・とか


自分と相手が一致する
のはとても難しいけれど・・

一緒にいると
ほっとできたりする存在は
私も安心できます。

まほさんやみんみんちゃんの
ブログも私にとっては
ほっとできる場所です。

いつもありがとう。

慢性疲労症候群

あっこ様

不登校の主訴にも、「慢性疲労症候群」や「起立性調節障害」がよくあります。

とういことは…

「不登校」にカウントされている児童・生徒のなかに、「脳脊髄液減少症」の子どもが、少なからず存在する…

「子どもの脳脊髄液減少症」の冊子にもあるとおり、「不登校なんかじゃない!」ということを、はっきりさせていく必要が、教育現場にはあります。




あきちゃん先生

あきちゃん先生こんにちは。

本当におっしゃる通りですね。
学校に行きたくても行けないのと・・
行こうと思えば行けるけど行きたくないのは
違いますね・・。

心の問題なんて言われた日には
子供たちの心に深い傷がつきます。

慢性疲労症候群や起立性頭痛と診断された
子供たちの中には脳脊髄液減少症が
潜んでいると私も思います。

1年以内の治療だと95%の治癒率と
高橋先生もデータとして示されていますし、
子どもの1年の重みを考えると
全ての学校の先生へ
この病気が当たり前のように
浸透すること

また予防として
ボールが当たったり、
鉄棒で転落したり・・
そういう大きな衝撃が子供の体に
あった時に

絶対安静と水分補給の継続という
初期の対処法まで浸透してほしいです。

あきちゃん先生
いつもありがとうございます。

No title

この間は 気分を害された方がいたら申し訳ありませんでした。
しんどい時間が長すぎて 幸せではないよと思っていたので・・・
でも 不幸という言葉は やはり自虐気味だったかもしれません。

もう少し痛みが引いてくれて 少しできることが増えたら 多分・・・

今週初めに出掛けることがあって、それも私にとっては一時間半往復3時間余りの遠出で、しかも電車や地下鉄を乗り継いで都会の方へ
何年振りかでそちらのほうに出掛けた。
やっはり、長い時間歩くのがキツイ。 
でも今回は意識が薄れて、倒れそうなことっもなく帰ってこれた。
たまたまそうだったのだろうけど、それだけでも良かった。

帰った来て 3日間 体中の痛みで寝込んだけど やっと少し落ち着きました。

色んなことをここで発言させていただき 聞いていただき ありがとうございます。

akteiさん

akteiさん こんばんは。

気分害していないですよ・・。
むしろ、akteiさんが私たちが書いた記事で
気分を害されたのなら申し訳ないと思いました。

辛すぎる時には、どんなことでも吐き出してくださいね。
辛かったり、悔しかったりしても
その気持ちを否定して
全てを肯定して捉えないといけない・・
・・とか

そんなふうには、私は思っていません。
無理・・というか・・難しいですよね・・

どんな考えも、それでいいんだと
思います。

だから、私たちのブログも
みる人の数だけ捉え方もあるし
自分の意見と違う意見があるのは
当たり前といえば当たり前で
批判があるのも当然だと思っているんですね・・。

誰かの気分を害することを目的で
書いていなくても
結果的に
誰かの気分を害してしまったことも
何度もあります。

仕方ないことですが、
言葉を発することは色んな危険もあり
ブログってそういう危険もはらんだもの
と思います。

ところで、辛かったですね・・。
無理して自分の感情を肯定しないでいいですよ!
私は、心も身体も
無理するのは
よくないと思います。

泣きたいときはいっぱい泣いたり
愚痴を言いたくなったら
きちんと聞いてくれる人を選んで
愚痴を言ったり・・

人間弱いですから・・
それでいいと思います。私なんて
ストレスにホント弱いですから・・(苦笑)

akteiさんの心と身体が穏やかになることを
願っています。
プロフィール

あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
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