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BS朝日の放送をみて

昨日、BS朝日でスーパーJチャンネルで放送された
脳脊髄液減少症の再放送がありました。



15分の放送後、アナウンサーの方が
「区別と差別」ということで
お話ししてくださいました。

行政の方は区別と思っているかもしれないが、
認められない病というだけで何ら援助をうけられない
患者は差別としか思えない・・。
一日も早いサポートをと
強く訴えてくださいました。


関西や四国で放送されなかったということで
恐らく声が上がったのだと思います。
その声を、このように早く全国放送で
再度流してくださったBS朝日に
お礼と感想を・・。

BS朝日


区別と差別・・私はある患者さんが
「自分は隔離されているような気持ちになる・・」
といった言葉が忘れられません。

仕事ができなくなって、
行政から何らサポートを得ることもなく、
そして外に一人で歩いていくことも
できないほど辛い体調になり、
万一家族からも理解されない環境にいたとしたら・・


差別の究極の形「隔離」を心に作ってしまいます。


ハンセン病の歴史は、私たちに多くのことを
教訓として残しています。

「隔離」を実行して多くの何の罪もない患者を
長年外界から閉ざし続けた日本。


ハンセン病の歴史は、あってはならないことだったと
今多くの人が認めています。


実際に隔離されてきた歴史の中で
生きた人の過去に焦点を当てると、

真実を知らされず、人々が誤った認識のもと
差別し隔離された

歴史の犠牲者であり、
被害者なのです。


ハンセン病の歴史でも、隔離は必要ではない・・
と訴えた医師は、隔離が必要だと
主張する医師により、つぶされました。


過去の歴史を無駄にしてはいけないと思います。


正しく真実を知り、
そして、正しく感じ、考えることが
求められていると思います。

診断基準により、同じ脳脊髄液減少症患者を
「区別」するのは・・
実は「隔離」されたと思う患者を
これからも生むかもしれない「差別」
だと私は思っています。

脳脊髄液減少症の置かれている
状況がいかに不条理極まりないかという
ことを正しく伝えてほしいです。

医学論争を考えてほしいと思って書いた過去の記事
脚気論争も読んでみてください。


マスコミ報道が持つ力
正しく伝える力を曲げることなく
これからも、忘れ去ることなく
悲しみの患者を増やさないように
伝えていってほしいな・・と思いました。


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本当にそうですね

隔離……本当にそうですね!
この悲しい現実が終わり、1日でも早くやさしい社会の扉が開いてほしいですね(;_q)

私たちの声に耳を傾けて報道してくださったテレ朝さんに本当に感謝いたします(T_T)

まめぽん

まめぽんありがとう。

隔離・・そう多くの国民が知らないところで
起こっている。

だからこそ、マスコミの報道で知らせて
もらえたことに、私は感謝です。

知ることで多くの人が
惨状に言葉を失い、
そして、何かしら心を動かし
その目に見えないみんなの善意が
いつの日か形になる日がくると
私は信じてます。

まめぽんの苦しみも
悲しみも
絶対無駄にさせないからね・・・。

私は、まめぽんが良くなることを願っています!

社会の扉・・必ず正しい方向に修正されて
光を少しずついれ、風を少しずついれて
いこうね。

そして、いつの日か心地よい
風と光に包まれる日が来ると強く信じようね。

ありがとう。
そちらは雪だよね・・。
あったかくして風邪ひかないようにね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

差別と区別

このことは、学校の子どもたちにも、何十年にも亘って話して来ました。
区別は物事に対して行うことで、これを怠ると社会生活が停滞する。
差別は、人に対して行うことで、これによって、社会生活が破壊される。それが、弱者に対する差別なら、弱者の人権を奪う。
ハンセン病の隔離をはじめとする国家政策はは、身体障害者差別の代表例として、社会科の教科書にも載っています。
これにも何十年にも及ぶ闘争の歴史があります。
だから、本症も「差別をされている。」ということをもっと運動の前面に押し出すべきと思います。
画像がどうの、起立性頭痛がどうの、という問題はたしかにあります。でも、それらは、差別が解消された次のステップかと思います。
逆に、教員の中には、差別と区別がよくわかっていない人がいて、そういう人に限って「差別だ、差別だ。」と騒ぎます。困ったもんです。
それは、「区別なのか、差別なのか。」正しい知恵を持ちたいものです。

鍵コメさん

できれば、素晴らしいご意見なので
鍵コメでなく匿名でよいので
オープンにしていただければ・・と
思います。(笑)

今後の働きがけは
健康である、ない関わらず
私はこの現状をおかしいと
思った人ならすべてできると
思っています。

知らされないことが一番怖いです。
知ったうえで判断することを
奪われるからです。

今まで長い間、
マスコミで取り上げられるも
風化させてしまい・・
被害が拡大したと思っています。

先に手を打っていれば
こんなに苦しまないですむ人が
沢山いたのです。

だからこそ、今知った人は
家族や友人に伝えるだけでもいいから
まずは惨状をしってもらうことを
してもらいたいな・・と思います。

ありがとうございます。

あきちゃん先生

あきちゃん先生

いつも、あきちゃん先生のお言葉には
教育者としてだけでなく人としての素晴らしい
お考えがあり、感銘を受けます。

「区別は物事に対して行うことで、これを怠ると社会生活が停滞する。
差別は、人に対して行うことで、これによって、社会生活が破壊される。それが、弱者に対する差別なら、弱者の人権を奪う。」

本当にそうだと思います。

差別は昔から日本だけでなく世界各国でありました。

「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」

こういう当たり前のことを
歴史の中で人は何度も何度も
踏みにじってきて、人が人を深く
傷つけてきました。

ハンセン病の歴史などは
その最たるもので・・
ハンセン病だけでなく
ユダヤ人迫害や
黒人差別(これも英訳をするとsegregationといって
差別でなく隔離です)

このような悲しい歴史が
多くのことを物語っています。
私たちはこれらの歴史の中から何も
学ばないとしたら、過去の歴史の
被害者や犠牲者も悲しみます。

脳脊髄液減少症の患者は
どうして病人という当たり前の地位を
持てないのでしょうか。

あきちゃん先生のおっしゃる

画像がどうの、起立性頭痛がどうの、という問題はたしかにあります。でも、それらは、差別が解消された次のステップかと思います

・・激しく同感します。差別だという認識を
政治家も医師も持ってほしいと思います。


あきちゃん先生のような先生が増えると
子供たちも「差別」がいかに人権を奪うか・・
いじめも同じです・・いじめをされた子供が
どれほどの傷をうけるか・・
そういうことを心のそこから感じることが
できる子供たちが増えていくと思います。

今後ともご教授ください。
ありがとうございました。

司法でも同じです

脳脊髄液減少症の患者さんは、保険会社からも差別され、裁判に追い込まれるます。

やっとの思いで最後の砦として司法に訴えたことろで、公平な天秤で計られることはありません。

国が、医学会全体が認めていない病気として片付けられ、患者や専門医の意見をバッサリ切り捨てます。

本来なら、意見書とは、中立な立場で書かれたものが採用されるべきであるのに、脳脊髄液減少症の裁判にはそれは適用されません。

損保の顧問医である吉本智信氏の書いた何の根拠もない個人的な意見が全てなのです。
30年も前に書かれた文献を損保の都合のよいように解釈したものであることは皆さんもすでにご承知だと思いますが、裁判所は、そのことすら見極めることができません。

何百人・何千人と患者を診ている医師の確定診断が否定されるなんて不条理なことが、他の病気ではありうるのでしょうか???

不公平な司法の現実も世の中に知ってもらいたいです。


轟さん

おはようございます。

本当にそうです!
司法は天秤の理論と言いますが、
片方の天秤皿をとってしまっている
感じがします。

誰も裁判したくて裁判していない・・と
思うんです。ストレスもさることながら
お金も沢山かかります。それでも、
あまりに不条理だから最後の砦である
司法に訴えているんですよね・・。

そこでも、公平とは思えないような
しかも損保との関係が明らかな
吉本医師の主張だけが採用されるとは・
あまりの理不尽さに信じられない気持ちです。

轟さんは、不公平な司法の現実を
知ってもらいたい・・その思いで最高裁に
上告されたのですよね・・。
私は全力で応援します。

歴史で正しいことが証明されるのには
今までも時間がかかっています。
でも、私たちはなんら嘘を言っていない
わけですし、正々堂々と
おかしいことはおかしいと主張し、
手を取り合っていきましょう。

轟さんが、著書でも書かれていた
この理不尽な世の中に納得できない自分が
いるから、活動しているという文言、
私も、かーこのためではないんです。
敢えて言うなら、轟さんと同じ気持ち・・
こんな理不尽がまかり通っている
社会に対して、声をあげていきたいんです。

共に頑張りましょう。
心から応援しています。
ありがとうございました。

No title

お茶を濁すようなことを書きますが

臨床的な確定診断と損害賠償という不法行為上の挙証責任上の確定診断というものは全く別なものです。また訴訟というものは正義のためにあるなどというものではありません。

また事実が事実として認定されるものでもありません。簡単に言えば刑事裁判上で無罪が=無実ではないという事です。

判事にとっては証拠が全てで主治医の確定診断などは数ある証拠の中の一つに過ぎません。もっと簡素化していえばお互いの書面(証拠書面等)や尋問において判事をどちらがより納得させれるだけの根拠を伴った意見展開が組み立てれるか否かだけであるといっても過言ではありません。

上記コメントにに吉本の意見書が出てきていますが、この場合は吉本の反論意見に原告側の弁護士や協力医師が吉本を上回る判事を納得させれる反論を構築できなかったに過ぎません。

私はここでも、ある肯定派医師のブログでも質問していますが、髄液が漏れるという事にこだわりすぎて、その本質である被害者の症状に関する証明を伴った研究がされていないことが、大きな敗因の一つになっているのではと考えています。脳が下垂することにより脊髄や脳実質にどのような障害をもたらすのかという事を、ある程度の目に見える状態にまで証明していかないと、賠償という金銭の絡む争いの中で、説得力が足りなくなってしまいます。

今は髄液の漏れの証明が出来るまで、少しずつ前進しています。そして起立性頭痛の問題、それに伴う眼科的耳鼻科的、脳神経科的、脊髄科的、自律神経等の神経内科的総合的な検査所見の積み重ねが必要です。

脳脊髄液減少症の被害者は髄液が漏れている、そして脳脊の診断名で納得してしまい、そこから更なる損害の立証に踏み切れなお方が多数いると感じます。ここが大きな問題点でもあると感じます。その各個人の少しずつの積み重ねが、篠永先生たちの研究を助ける元にもつながるでしょう

No title

日本での賠償請求は
全て
金銭です

何でも全て金銭に代替してしまう、
これっておかしくないですか?

No title

精神的損害は金銭を持って慰謝すれば足りる

これが日本の損害賠償の基本理念、つまり多くの被害者が求める加害者の誠意も謝罪も基本的に必要がないという事がこの国の現実です。

そして訴訟は正義の場ではありません。被害者賠償を受ける側に、必要以上の挙証(証明)責任が課されている以上はそれを追い求めなければ、自分の損害も回収することができません。

認められない疾患の交通事故被害者にとって一番重要なのは、現状の体制や考え方に対しての文句一辺倒や、批判恨み節、こんなものではありません。吉本や有賀、そして飼い犬弁護士の杉本等の反対意見書をどう医学的なエビデンスを持たせた、反論を構築するか。それに付属する諸検査は何が有効かを検証していくことが被害者にとって最善の道と信じています

たかぶーさん 今さん

轟さんの提出した証拠資料が
吉本医師の提示した資料に
及ばなかったのでしょうか・・。

轟さんの娘さんは
画像の診断で13か所の漏れがはっきり
写り、ツリー状の髄液漏出があります。

また事故を境に、それまで学校を休んだことが
ないような彼女が、学校に行けなくなります。
這いつくばって行っても、倒れたりして
保健室に行く・・これも友人の多くが証言しています。

起立性頭痛・・つまり頭が痛い・・
これは、愛さん(轟さんの娘さん)の
日記に、細かく症状や
心も壊れそうなほどの苦悩が
記されています。

天秤の理論で、本当に轟愛さんが
脳脊髄液減少症ではない・・と裁判官が
言い放てるとは、私には思えないのです。

他の裁判は知りません・・。
十分な証拠をそろえていない・・
そういうことも、こちら側は素人ですし
裁判を自分がするなんて思っても
みないような人が殆どだと思いますし、
弁護士も交通事故裁判が専門で
ない弁護士でしたら、熱意も薄いかも
しれませんし・・。

ただ、轟さん側の証拠が一つも
採用されないことには、やはり私は違和感が
あります。

たかぶーさんがおっしゃる

「上記コメントにに吉本の意見書が出てきていますが、この場合は吉本の反論意見に原告側の弁護士や協力医師が吉本を上回る判事を納得させれる反論を構築できなかったに過ぎません。」

の部分ですが、

私には、今の脳脊髄液減少症の診断基準(3割しか
あてはまらないような基準)にも
当てはまるような愛さんの案件が
やはり司法で負けてしまうということ・・

裁判が正義の場でなかったら
なんなのでしょうか・・。

三権分立とか言って、いろんなところで
繋がっているのではないか・・とさえ
思ってしまいます。

薬害イレッサの判決が、同じ証拠をもっても
一審と2審で真逆の判決がでました。

判事によって、証拠の受け止め方が
違う・・それは、なんだか、当たる医師によって
患者の運命がきまるような・・
脆いもの・・が司法の場にあって
はいけないと思います。

過日、脳脊髄液減少症裁判で
一審を覆し、二審で勝訴したケースが
ありますので

私は、脳脊髄液減少症の過渡期に
轟さんの裁判の判決(行方)が
正しき方向へ変わることを期待しています。

ありがとうございました。

No title

及ばなかったというより判事を説得できなかったという方が正確です。おそらくそこには吉本反論にある漏出のRIシンチの確立性の低さという部分への反証不足が最大のポイントであったような気がいたします。

また現実的に無理な漏出部分の特定に対する反論にも説得力がなかったのであろうと思います。

もっと汚い事を書きましょうか、民事裁判は担当判事に大きく左右されます。特に退官間際の判事には要注意です、彼らの天下り先には法律顧問として保険会社は非常においしい存在です。したがって退官前に既に雇用関係の裏約束が成立している場合も多数存在します。

悲しい現実ですが、こんなことは日常茶飯事です。

たかぶーさんへ

>彼らの天下り先には法律顧問として保険会社は非常においしい存在です。
 したがって退官前に既に雇用関係の裏約束が成立している場合も
 多数存在します。


これが事実ならばここまで世の中は腐ってしまったのかという感じですね。

裁判官も一人間・・・。
保身にかかる裁判官もいるのでしょう。

愛さんの画像を前に
「脳脊髄液減少症ではない」
と言い放てる裁判官に
きっと愛さんの悲しみを想像する力はないのでしょうね。

巨大組織の前におかしいと感じながら
物を申せない損保の担当者もみてきました。
自分の首がかかっているのですから
仕方がないのかなと思いましたが・・・。

親戚でありながらも私の病気を知り
かかわらないようにした医師もいました。
医学会でも認められておらず関わりたくなかったのでしょう。

この病気になって
世の中の不条理は何度も見ましたが
司法の裏側にこのような汚い世界があるとは
落胆で言葉もありません。

酷い話ですね・・・。
患者さんが涙を流しながら訴えても負け続ける理由がわかりました。


裁判官もサラリーマン

どうみても、司法が完全に独立しているとは思えません

「裁判」に対する思い込み

訴訟を起こすときに、「自分が負ける」と思いながら、始める人はいないと思うんです。
そこから、様々な「誤解」が生じてしまうと考えています。
ちょっと大学で法律をかじった者として、考えるところを記します。なるべく法律用語を使わないようにしますが、また、そこに誤解が生じてしまうかも知れません。お許し下さい。
本症の裁判は、損害賠償請求を中心とする民事訴訟が主だと思います。
民事訴訟は、「現在及び将来の」権利義務関係を、「法律に照らし合わせて」争う裁判です。刑事訴訟のように「過去の事実」を争う裁判ではないということは、まず、考えておくべき点です。
また、「法律に照らし合わせて」の部分で、本症が法的に保証された疾病でないことは、圧倒的に不利と言わざるを得ません。
法律に担保されない上で、民事訴訟を行えば、通常、「当事者主義」で、原告と被告の書面のやり取りで進む民事訴訟に、「職権主義」の裁判官の判断の部分が大きくなってしまいます。刑事訴訟的な裁判所と言ってもいいかも知れません。
裁判官は「正義を裁く職」などではありません。
「法律に照らし合わせて」、「どっちの言い分が重いか?」を判断する職業です。
最近、学校でも、生徒たちを叱責すると、「そんなこと、どこにも書いていませんよ!」と平気で逆らいます。
そのことが、裁判所でも起こっているだけだと思っています。



あきちゃん先生へ

世に認められない病であるということが
どれほどまでに患者を苦しめているか・・・。

本来ならば入院が必要な患者でも
さっさと退院させられ、
悪化すれば通院する力がなくなってしまい
自宅でじっと耐えるしかありません。

世に認められない病であるという
理不尽ともいえる状況を何とか変えようと頑張っている患者会の皆さんや
司法に何度も打ちのめされながらも問いただしている轟さんには
頭が下がる思いがします。

そんな中思うのは・・・
認められない病を認められない状態にとどめておこうとする勢力に
貴方達に心はあるのかと問うてみたいです。

マスコミに辛い身体を呈して訴えた彼女の姿を見て
思うところはないのかと・・・。

私は弱りきっている時、人と会うのを避けました。
それは弱い人間である私は自分のその姿を誰にも見られたくなかったからです。
だから・・・辛い身体を呈して訴ええた彼女のことをすごいなと心から思います。

司法の場で100の訴訟の中1の勝訴判決が出ている昨今
その1になるには治療前の起立性頭痛や
ブラッドパッチ後の完治が条件であったり
マニュアルどおりの経過をカルテ等できっちり証明しなければなりません。
それが証明できても敗訴も大いにあるのです。
難しいところです。

まずは保険適用ですかね・・・。
治療だけに専念できる社会になって欲しいものです。



No title

>治療前の起立性頭痛や
>ブラッドパッチ後の完治が条件であったり
>マニュアルどおりの経過をカルテ等できっちり証明

まずは漏れがEBPで停まる事例で
判決を積み重ねることも一方では地道に必要です

次に、髄液の生成量が少ないことへの
対応が急務で
これも治療事例はどんどん増えるでしょうから
これのガイドラインかも必要でしょう

赤旗に研究会の事務局の話が載っていました
この動きも地道に応援する必要があると思います

処置してよくなった事例でも掛かった費用の請求訴訟を
起すべきだと
僕は思っています

でないと、治療費の問題は解決しないと思うからです

No title

何故敗訴するのか、これを弁護士とともに精査しなければなりません。

自分的には過去のガイドラインや国際頭痛学会のガイドラインにも近似する場合でも、敗訴している原因に吉本反論の存在を指摘されている弁護士が居ますが、判決の繊細な検証は餅は餅屋で弁護士の方が正確に把握できるでしょうから、この吉本反論に篠永医師たちがどのように、医学的反論ができるのか?が重要な問題です。交通事故の様な損害賠償が絡む疾患に手を付けた以上は、この点をクリアしていかなければ真の患者救済はできないと思います。

今さん たかぶーさん

有難いコメント感謝です。

本来ならコメントをきちんと返さなければならないのですが
今日は末娘の溶連菌による発熱に伴い、
私も少し朝からバタバタとしていまして・・
本日はこの辺で・・。

また、落ち着きましたら
コメントしたいと思います。

ありがとうございました。

No title

>この吉本反論に篠永医師たちがどのように、
>医学的反論ができるのか?

引用文献の記載もきちっとしていないような
出版物に影響されること事態が
おかしいんです

相手にすきいる箇所を与えてはいけません
問題点を指摘されたら
それを補充、覆すだけのデータを添えて
反論して、論破すべきでしょう


ついでに、

基本的に患者は元の身体に戻れる権利があります
その努力は当然むくわれて良いはずです

今さん

たぶん訴訟は論詰めの世界ですね・・。
緻密さが問われると思います。

感情論は通用しないので、
いかに自分の主張を論理で固めるか・・

過去の脳脊裁判の判例では、
多くが負けているけれど、
最近はちらほら勝った案件がありますので
どういう論で勝ったのか・・を緻密に検証し
相手に隙を与えないほどに自分の論を固めること
が必要なのかもしれませんね・・

論詰めが苦手な私は・・まるで異次元の
話のような気がしますが・・。(汗)
プロフィール

あっこ&かーこ

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