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あいまいなものはあいまいなままで

それでは、あきちゃん先生のコメントをご紹介します。

さて本題。
樋野興夫 著「いい覚悟で生きる」(小学館)のご紹介も、第3章に入ります。

(以下、引用)
「あいまいなことは、あいまいに考えればいいではありませんか。あなたのそのまじめさがお見舞いに来てくれた人たちへの贈り物と考えてみてはどうでしょう。今は、余命をつきつめて考えながら生きることよりも、御家族や友人たちと笑顔で過ごす時間を大切にしてください。余命は神の領域だからと、告知しない外国のケースだってあるんですから。

あいまいさの利点は柔軟性です。何事に対しても柔軟性をもって受け止める心構えがあれば、タイミングを逃がさず前向きに次のことに着手できます。柔軟性は心の強さ、しなやかさにもなるのです。

余命に限らず、あいまいなことはあいまいに受け止めることも、生きる知恵ではないでしょうか?
(以上)

あっこ様には、前にお話ししましたが、私は、5年おきに「余命宣告」を受けております。
「あと、5年間なら保障するよ。」ということなのでしょう。笑

最初、この四文字をきいたときは、文字通り「この世の終わり」などと思ったこともありましたが、何回か、宣告を繰り返されて?いるうちに、
「次の5年は、何をしようか?」という、「ショートステップ」ができることに気づきました。かえって、目標達成が評価しやすい。

前の5年は、「新居の構想と実現」でした。
これからの5年は、「新人育成」になりそうです。
その次の5年は、習い事にでも没頭しましょうかねえ。笑

「あいまいさ≒柔軟性」の考え方は、まさに、以前お話しした「リフレーミングの手法」そのものですよね。



ここまで。

余命の話とはそれますが、「あいまいさ」ということで私も思うことがあります。

「どうして私が!!わたしは何も悪いことはしていないのに!!」という理不尽なことがおこったとき、この世のできごとは、因果応報とか、辻褄があうようになっているという人もいます。


あるお坊さんが、著書の中で「自分に起こったことは自分が過去世にした悪業を今生で昇華しているのだから有り難く受け取っているのだ」とおっしゃっていました。
修行を積んだお坊さんはそのような考え方も出来るのかもしれません。

ただ、こういう言葉が、本当に辛くて悲しい人をさらに深く傷つけるのではないかと私は想像してしまいます。

自分ではわからないものは、そのままに(あいまいに)しておいて原因を追究しすぎないほうが生き易いときもあるかもしれませんね。

もしくは、何か肉体的もしくは精神的に苦しんでいるときに、それ以上自分を苦しめない(守る)ためにも、そんな時こそ自分に都合の良い考え方、例えば、あきちゃん先生の紹介してくださった「リフレーミング」のような考え方を自分に取り入れ、「あいまいなもの」は「あいまいなまま」にしておく「柔軟性」をもつ事はとても良いことのように思いました。

おそらく、今生を生ききったらあいまいなものの答えが判るのではないかと私は思っています。その時まで、今を大切にして生きたいと思います。
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