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自分を見ないという生き方


それでは、あきちゃん先生のコメントを紹介します!


今回は、樋野先生ご自身が、ある言葉を引用なさっています。

本題です。(以下、引用。)

私は、1972年ローマ教皇パウロ6世により、ヴァチカンの黙想指導に招かれたモーリス・ズンデル司教の言葉を思い浮かべます。
「自分を放っておくこと、自分に構わないこと、自分を改善するためにでさえ自分を眺めないことである。」
この言葉の中に生きるヒントがあります。

病気になってしまったことをはじめ、自分ではコントロールできないことが人生にはたくさんあります。そんなことに一喜一憂していても意味はありません。だから、悩みを抱える自分のことは放っておくのです。これまで、自分のことを人生の8割考えていたのなら、それを4割にすれば、その分、他者について考える時間を増やすことができるのではないでしょうか。

70歳の男性。(以下、男性)
「死を待つばかりの私ですが、こんな私にもできることはあるのでしょうか。」
樋野先生(以下、樋野)
「お孫さんに内村鑑三野の本『代表的な日本人』をプレゼントしたらいかがですか。
男性:「ああ、それはいい。そうします。」
樋野:「自分を見ないという生き方もありますよ。」

がんの痛みや死に向かう不安今おかれている自分のことを構わず、いっそのこと放っておくのです。その間、孫や家族、あるいは日々接している医療スタッフに思いをはせてみる。相手に対して何ができるという大それたことではなく、思いを寄せるだけでも気持ちがやわらぐはずです。

男性:「先生、人は言葉でこんなにも癒されるのですね。」

実際に孫がその本を読むのはずっとあとのことでしょう。でも、祖父が死の床からも最後のプレゼントしたことは、孫の心にずっと刻み込まれていくことでしょう。

人は最後まで使命感とともに生きるという、最高の生き方を示すお手本でもあるのですから。


ここまで。

自分をみない生き方、少し視点を変える生き方は自分を楽にすることがあるのかもしれませんね。


かーこの病が辛い時、友人は一生懸命署名を集めてくれたり、心配して優しい言葉をくれたりしてくれました。
家事や育児、仕事で忙しい友達もいましたし、また、ご自身も大変なお体であるにも関わらず、沢山励まして勇気づけて友人もいました。


皆さん、他利の精神のもと優しくしてくださったことを今でも感謝していますし、この先もきっと忘れることはできません。

病の時には自分のことで精一杯かもしれません。
しかし、そんな時でも少しだけ誰かのために、もしくは、近しい人に何かできることはないかな・・と視点を変えることは自分の苦境を忘れることができたり、気持ちが和らぐことになるかもしれませんね。

まずは、出会う人や家族のために、自分ができる最善のことは何か・・と考えることから私もスタートしたいです!


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