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許しあう

あきちゃん先生のコメントより。

「病気ではあるけれど、病人ではない。」
と自分自身を思っています。
さらに、病気から、身体障害者手帳を得る身となりました。
病気なら治りますが、障害は、治ることはないのです。
ならば、「自分ができることをする」ということに意識を持っていかないと、毎日の生活、大袈裟にいうと人生が、とてもつまらないものになってしまうと考えるのです。


一旦ここまで。

あきちゃん先生からおすすめされました本を読み終えて、まさに、
山極勝三郎先生も、当時では不治の病と言われた肺結核を
患いながらも「自分のできることをし続けた」偉人だと
思いました。

もちろん、病により自分が情熱を注いでいた事ができなくなること
もありますが、そんな中でもベクトルを変えて
「今の自分ができること」を意識してみる、
考えてみることは良いことのように思いました。

それでは、あきちゃん先生のコメントを続けます。

樋野先生のお言葉を紹介します。
(以下、引用)

思い出は甘く、美しく、いいものばかりとは限りません。
中には、思い出したくもない、いやなものもたくさん
あるでしょう。
そういう思い出の中でもっとも気にかかるのは、
人間関係にまつわることのようです。

病床で思い出をたぐる作業が、
自分の問題に立ち向かう勇気をもたらしてくれるのです。

大病になったとき、患者さんが抱える悩みは、
病人としての悩みではなく、人間としての悩みです。
謝りたいのに謝れない苦しさ、
許したいのに許せない苦しさ、
心の奥底でくすぶっていた罪悪感や
うらみつらみから自分を解放するには、
「許しあう」しかありません。

このチャンスを逃してはならないのです。

この課題を果たすことが
「今の自分がなすべきこと」となって、
患者さんに使命感を育みます。(以上)


一旦ここまで。

「許し」ということは、簡単なようで本当に難しいと
思います。家族への許しとなると、ハードルは低いようで
実は高いかもしれません。

両親との関係、配偶者との関係、友人との関係、
仕事での関係、事故にあった場合などは加害者への憎しみなど・・
人それぞれ許せないと思うことはあるかもしれません。

ただ、よく言われていることは、
許すことで実は一番楽になるのは「自分」のようです。

そして、樋野先生がおっしゃるように「病」をきっかけに、
長いあいだ反目していた関係への「許し」がなされたならば、
自分だけでなく、相手にとっても大きなプレゼントに
なると思います。

それでは、あきちゃん先生のコメントを続けます。



この辺(前述の許しに関する件)は、
私がかじっている「アドラー心理学」と完全に一致しています。
いわく。「人間の悩みは、すべて、人間関係の悩みである。」
いわく。「こうすることは、自分の利益ばかりでなく、
相手のためにもなるだろうか。」
「こうすることは、自分と相手の利益になるが、
それはもっと大きな共同体にとってはどうだろうか。」と、
より大きな共同体のためになる方向を選択することである。
アドラーは、これを「共同体感覚」とよんでいます。

私は、共同体感覚が発達した人間に成長したいです。
「まだまだ」です。私の「永遠の課題」です。

でも、この「まだまだ」があるから、
人間は成長できると思うのです。

アドラーは、この「まだ、まだ」を「劣等感」と名付けました。
このあまりにも有名な「劣等感」という熟語は、
実はアドラーが名付け親だと知らない人も多いでしょう。笑

そして、アドラーは、
「劣等感こそが、人間が成長できる根源である。」
とのべています。

前述した、「謙虚に自分を振り返る(樋野先生)」ともつながると思います。
「病床に伏す」という「ピンチ」を、
「謙虚に自分を振り返る」という
「チャンスに置き換える」ことができたら、
こんなに素晴らしいことはないですよね。


ここまで。

劣等感とはそういうことだったのですね!
「劣等感」=「まだ、まだ」ならば、私も劣等感の
塊ですし、劣等感にマイナスのイメージを持たなくても
良い気がしました。

そして、共同体感覚が発達した人間・・
時間をかけて私もなっていければといいなと
思います。
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