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いい覚悟でいきる 4

あきちゃん先生のコメントより~

重大な疾病に罹患すると、これまで順調に
歩んでいると思っていた人生が大きく迂回させられたり、
時にはストップしたりします。
「行くも戻るもままならない、八方塞がりです。」と
言葉をぶつけてきます。

「八方塞がりでも、天は開いていますよ。」
天が開いているということは、天にゆだねましょう
ということでもあります。

事の成否やなりゆきは、人知を超えたところにあるのだから、
どんな結果になろうとも誰も責めない。
というような潔さがこの言葉にはあります。
(以上、樋野先生)

「天にゆだねる。」という感覚は、敬虔なクリスチャンである
あっこ様方には、よくおわかりかと思います。

私は、半年にも及ぶ長期の療養休暇を、
4回も取得しないといけない病状でした。
(正確に言うと、「です。」です。笑)
でも、特に、「自分を責める」ということだけは、
したくないし、してはいけないと思っています。


ここまで~

ちなみに、私は敬虔なクリスチャンではありません!

ただ、「天にゆだねる」という感覚はあります。
運命というものがやはり人にはあると思っていて、抗おうとしても
どうしても抗えないときもあると思います。

そんな時に、自分のできることをした上であとは神様にゆだねる
(天にゆだねる)という感覚があります。

そのときは辛くとも、振り返るとすごく貴重な時間だったと
思えることは実際にあり、時間の経過により人の考え方も変わります。

八方塞がりに見えても天は開いている・・
これは真っ暗な闇に思われるようなことにも光は存在するんだと
言い換えられる気もします。そう信じることで、その最悪な状況に
自分が呑み込まれない気もするんです。

以前、鳥越俊太郎さんが「ガンを患って良かった」と
おっしゃっていました。
ジャーナリストとして、これからガンを取材する時に
これからは、患者と同じ目線から色んなものを
感じ取れるから・・という趣旨のことを話していました。

想像力は経験には勝りません。
経験者の声は本当に響きます。
鳥越さんのそれまでの仕事ぶり等は
存じ上げていなかったのですが、
「がん」により「自分を責めたり」または
「絶望したり」という姿勢とは真逆の、
自分が主体となってその時にしかできないこと、
その時だからこそできること、
一日一日を大切に過ごすことをされているように思います。

また、敬虔なクリスチャンである故三浦綾子先生は、
その生涯の多くを次から次へとおそう病魔と共存して過ごされていました。
そんな中でも、「わたしは神様に愛されているから、このように特別な経験を
させてもらっている」という趣旨のことを仰っていました。

そこにも、わたしは病気という一般的には「暗い色」のように思われる現象に
暗い色付をしない独特の姿勢と視線に感動したことがあります。

あきちゃん先生が4回の療養生活をとって復帰されたこと、
その間、奥様やお子様も心配不安が多かったと思います。
あきちゃん先生も抗がん剤は苦しかったという趣旨のことを
以前おっしゃっていました。未経験の私には想像すら
できません。

その期間(経験)を経て、家族はあきちゃん先生という夫
そして父の存在を、子供たちはあきちゃん先生という先生を
さらに大切に感じることができるのだと私は推測します。

当たり前のものはこの世にはないと思います。
色んな経験値が高い方の心が優しいのは、
経験ということを通して魂を磨くという
生きているからこそできる、またこの世でしか
できない大きな仕事をされているからのようにも
感じます。

長くなりましたが、最後に・・
起こってしまった本意ではない現象(病気や困難)に
呑み込まれず、その現象が辛い時こそ
必ずどこかにそれを突破できる
自分なりの方法があるということを
「八方塞がりでも天は開いていますよ」という
言葉は物語っているように思いました。
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