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前原海斗くん応援サイト



2007年 報道ステーション


下記は今から8年前に交通事故に遭い、その後
脳脊髄液減少症と向かい合っている
前原海斗君のお母様の手記です。


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「平成16年6月5日 土曜日 午前10時頃の1本の電話で、
私は頭の中が真っ白になりました。
それは、ついさっきサッカーの練習に向かった海斗の事故を
知らせるものでした。
現場に焦りながらたどり着いた私の目に映った海斗は、
今まで見たことのない様態でした。
目は閉じたままで、息づかいは荒くすごい汗をかいており、
尋常ではない事がわかりました。
救急車の中でも海斗は目を閉じたままで、
声をかけないとこのまま永遠に眠ってしまうのではと
私は怖くなって、声をかけ続けました。
海斗は声を発することはなく、うなずくのがやっとでした。
病院では足のレントゲンだけ撮って帰されました。
足には傷があり出血もしていたので、その診察しかなされませんでした。
海斗は自力で立つ事も出来ずにおり、
頭痛と吐き気を訴え嘔吐もしました。
意識ももうろうとしている海斗の症状は
脱水症状だと言われました。
私は診察に納得がいかずにおりましたが、
仕方なく一旦自宅に戻りました。
その後もグッタリとして顔色も蒼白く、
眠ってしまう海斗に言われようもない不安で
主人の帰宅を待って、別の病院を受診しました。
その病院に向かう車の中で
やっと海斗は会話ができるようになりました。
事故からすでに8時間が経っていました。
海斗は左頬にあざがありました。
事故で私が駆けつけた時も、
助けて下さった方から鼻血が出たと聞いていました。
また後頭部にはたんこぶもあり、
明らかに頭を打った兆候がありました。
病院でも頭部のレントゲンを撮り、
頭部外傷後の注意事項を書いた紙をもらいました。
海斗も車の中での会話は、時間帯が合わなかったり、
意味不明な事を話していましたが、
徐々に普通に会話が出来るようになっており、
頭部のレントゲンも撮ってもらったので、
私はやっとホッとした気持ちになってして帰宅をしました。
その夜、海斗は寝るときに「怖かった」と涙ぐんでいました。
私は添い寝をして寝顔を見守りました。
何度か夜中もうなされる事もありましたが、
特別容体が急変する事もなかったので、
いつもの海斗の寝顔に、大事に至らなくて本当に良かったと、
安堵感すら覚えました。
この時は私はこれから起こる事態に全く気付いてはいませんでした。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この日を境に、前原海斗くんは脳脊髄液減少症及び、高次機能障害、
成長ホルモン分泌不全と向き合わざるをえなくなります。


下記は、前原海斗くん応援サイトより転載させていただきました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「前原海斗くんは平成16年6月5日の交通事故により、
脳脊髄液減少症・成長ホルモン分泌不全症・高次脳機能障害を患い、
相手方保険会社に対し提訴致しましたが、
1審、2審ともに事故との因果関係を認められませんでした。


現在、前原海斗くんは最高裁に上告と上告受理の申し立てをしています。
人権救済の砦である最高裁判所が、
東京地方裁判所や東京高等裁判所の間違った判断を改め、
被害者が救われる公平で公正な判決を下されるように、
司法に働きかけるべく、署名を開始致しました。
皆様のご理解とご協力をお願い致します」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


下記は私見です。


交通事故により脳脊髄液減少症を患ってしまった場合、
司法の場に「公正」を求めるのが果たして良い選択なのだろうか
と、裁判で苦しんだ過去の患者さんの話をきくにつけて
正直思います。


ある方は、心の区切りをつけたくて・・とも
おっしゃいました。
泣き寝入りしたくない・・とも。

その結果、傷口にさらに塩をすりこまれるような
判決と向き合った多くの事故被害者がいます。


交通事故裁判の難しさの背景には、強力な権力との
闘争があります。

誰が裁判なんかしたいでしょうか?
だれも、裁判なんかしたくないと思います。
それでも、どうして裁判をするのか・・というと
この社会に間違いなく存在する目に見えない
「理不尽」と戦うためなのかもしれません。


動かなければ何も変わらない
自分のような思いを誰にもしてほしくない・・
そんな気持ちからかもしれません。


事故との因果関係を認めないのであれば、
何故その事故を境に海斗くんの体調は変わったのかを
誰が説明できるでしょうか。


もし自分の子供だったらと考えると
どうでしょう。


事故が原因で脳脊髄液減少症を患った
患者や家族は、交通事故により
予測不可能な奇怪な症状が波のようにでて
立つことも座ることも苦しくて、
自分の症状を自分で予測できず、
どんどんと寝たきりになる可能性のある
脳脊髄液減少症という病が
確実に存在することを目の当たりにします。


もしよろしければ、海斗くんの応援サイトに
訪問してまずは声をきいてください。

http://www.kaitonomikata.com/
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老子

最近「老子」に関する本を読んでいます。
2500年以上も昔の人物のようですが
老子の残す言葉の多くにとても感銘を受けています。
多くの真理がそこに存在しているように思います。

2500年という壮大な時間の流れの中、
人々の悩みや苦しみの原因、つまり理不尽なことは
様相は変えて出現し続け、
それにより多くの涙がその時代時代で
流され続けています。

老子は「人生を歩いていくにあたり心の良心(真理)
から外れる行いだけを非常に畏れた」といいます。
これはつまり、老子がこの世の悪事のやり逃げは絶対に
できないのだということを心の底から知っていたからの
ようです。

自分の起こした悪事に関して、たとえ誰に知られなくても
自分の心は見て知って感じています。
自分なりの都合の良い理由をつけて自分の犯した悪事を
弁護することもありえます。
認めたら負け・・という理由で、「人間社会」が作った法律
をうまく駆使しながら、巧みに逃げ切ることに
躍起になっている人もいます。

しかしながら、全ての人の中に存在する「良心」は
必ず見ています。

交通事故裁判で、脳脊髄液減少症患者が
示談をしないという理由で反対に被告人として訴えられ、
法の下逃げ切れる術を知る保険会社や
強力な弁護士陣により、
何の罪もない事故被害者が
反対に被告として追いつめられる「理不尽」が
この世の中に存在します。

私はこういうことを聞くたびに、それぞれの
「良心」にまず問うてみたいです。

事故の加害者や保険会社は本当にそれで
あなたの「良心」は痛まないのですか・・・?と。
もし自分だったらどうなのですか・・・?と。

見も震えるような理不尽に直面した多くの
脳脊髄液減少症患者が存在します。
患者自身はこの世の中に存在する「理不尽」により
苦しめられています。


老子は「他人の悪事や栄華を見て心を痛めずに、
自分自身の良心と向き合いながら生きていくこと」、
が大切だといっています。
つまり、他者の悪事によって心をめちゃくちゃに
されないことが大切なのだと。
「みるべきものは他人の行状ではなくて、
自分自身の良心」がそれを許すかどうかなのだと
いっています。


一人の人生を真逆に変えてしまうかもしれないような
事故を起こしてしまったにもかかわらず、
法の隙間をくぐりぬけて謝罪も補償もせずに
いることに対し「あなたの良心」はどう感じるのか・・。
平気なのですか・・と問うてみたいです。


取り返しのつかない事故を起こすことも起こされることも
この社会ではありえます。
しかし、いったん起きてしまったことに対してとる態度は、
それぞれの良心に向き合う姿勢により変わってくるとも
思います。


人がその心の底の良心に恥じない生活を送れば
理不尽なことは少しずつ消えていくように思います。


少数の声

「子宮頸がんワクチン接種の勧奨を控える」
新聞の一面に大きく報じられていた。

副作用の出た子供さんを持つお母様の話を耳にしてから
このワクチンについて複雑な思いをずっと私は持っていた。

今年早々だったと思う。
私の娘にも無料接種の封筒が届いた。
赤ちゃんの時の予防接種とは全く違う想いが走り
どうするべきか悩んだ結果、ゴミ箱に捨てた。
捨てなければ、親としての義務を果たしていないかのような
そんな感覚さえ覚え、考えないようにしようと廃棄した。

ある知人はいう。
「何もなかった・・・。これで安心。大丈夫よ・・・。」と
自分の娘が接種しても99%大丈夫なのかもしれない。
でも、1%・・・
あのお母様のように
悔やんでも悔やみきれない状況に自分がなったとしたら、
変わってあげたいと思っても
変わってあげられない身体に娘がなったとしたら
そんなことを考えた。

将来、子宮頸がんになるリスクは定期健診で補えるのではないか?
今、子宮頸がんワクチン無料接種券を送るのならば
子宮頸がんが急増している年代の女性に
定期健診の無料券を送ればよいのではないか?
そこには製薬会社の利権もあるのか?
想像しすぎかもしれないけれどもいろんな思いが頭をよぎった。

交通事故で脳脊髄液減少症になるのは
交通事故に遭った人のうちもちろん皆ではない。
むしろ・・・ごくごく少数だ。
同じ事故に遭った同乗者は無傷のことも多々ある。
でも・・・脳脊髄液減少症という、
とり返しのつかないような大怪我は
現実問題として交通事故で起こっている。
(もちろん交通事故だけではないが・・・)

少数の声は、時に握りつぶされそうになるけれど
でも私はその少数の声こそが
心の底から溢れ出る命の訴えなのではないかと感じている。

自分の娘の悲しみを涙ながらにお母様が訴えるのは
決して自分の娘のためだけではないと思う。
こんな悲しみをどの娘さんにも味わってほしくないという
切なる母の願いだと思う。
柔道事故の危険性を訴える、柔道事故で子供さんを亡くしたお母様の声も・・・。
同じく、脳脊髄液減少症になった子供さんを持つお母様の訴えも。

少数の悲しみの声に耳を傾ける姿勢がなくては
笑顔の数がまた一つまた一つ消えていく社会になると思う。
少数の声に耳を傾け、思いを馳せ、徹底的に改善対策をとる。

こういうことがより良く生きていくために
一番大切なことではないかと感じた。



菊池桃子さん

「人はハンディキャップを糧に『勉強しよう』
『元気になろう』と努力する。
だから輝けるんです。」

この言葉は、タレントの菊池桃子さんの言葉です。

昔はとても可愛らしいアイドルだった印象から
今ではとても凛とした素敵な女性という印象を
私は抱いています。

菊池桃子さんご自身も特定疾患に指定される難病を
おもちで、ご自身の長女も脳梗塞を患った後遺症で
左手足にまひが残る障害があるようです。
それを理由に、就学においては希望した学校に受け入れて
貰えないといった経験があったと語っていました。
また、イメージが暗くなるから病のことは
ふせておくようにと周囲に言われたこともあった
のですが、それもきっぱりと断って公言した
ことも語っていました。


「身をもって」の経験、つまり痛みを自ら伴う経験を糧に、
国の政策や社会構造に疑問をもち、大学で勉強して
NPO法人「キャリア権推進ネットワーク」理事に
今春就任しているようです。


人との繋がりは、自分とは違った価値観との
遭遇であったり、色んな意味で広がりを
もたらしてくれると思います。
一方、病を患ったことが理由で、
社会や人との関係が少しずつ薄らいでいった経験を
持った人は少なからずいると思います。
また、病であることを伏せて我慢して
就職している人も存在します。
それは、社会がまだそのような存在を
受け入れる体制が整っていないことが
原因だと思います。


それでは、そういう社会を変えていくことができるのは
誰でしょうか。


利益重視の社会は社会的弱者を切り捨てようとしますが、
心やサービスを重視する社会においては、
社会的弱者(この言葉自身私は好きではないのですが)
が主体となって、大きな変革をもたらすことも
できるのではないかと私は思います。
悲しみをもって経験を訴え続けることが
大切だと思います。


自分の存在や自分の経験を語ることは
社会を変えていくスタートだと思います。


安倍首相が子育て支援を充実させ子育て後の女性の登用や
管理職への登用についても「成長戦略」の一つとして
述べておられましたが、
女性に限らず、病のある人でもそのスタイルに合わせて
仕事をできる社会が実現すると、
社会問題となるいじめなどが間接的に少しずつ
解消されるのかもしれません。

どのような存在も唯一無比のかけがえのない存在であると
みんなで認めあえる社会は、心豊かな幸福度の高い
社会だと思います。

菊池桃子さんの今後の活躍にもとても期待したいと思います。
プロフィール

Author:あっこ&かーこ
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