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0から風

ふと、チャンネルをまわすと
BSで昼間に映画がやっていました。 
「0からの風」という映画でした。
それは、女優の故田中好子さんが主役の映画で、
私は田中好子さんが好きだったので
それがどんな映画か知らず観てみることにしました。

数分後に私はその映画に引き込まれていました。
それは、無免許運転・飲酒運転の男によって
大学に入学したての19歳の尊い息子(鈴木 零さん)の命を
一瞬にして奪われた(実在する)女性が立ち上がり、
37万の署名をあつめ、
危険運転は重罪であることを訴え続け、
刑法を変えたという話でした。
彼女は、息子が通うことが叶わなかった
大学入学を心に決め、
50歳を超えて早稲田大学をめざし三年頑張り
大学にも入ります。

単純にストーリーをいうと、
そういう話で終わってしまうかもしれませんが、
私はそこに、被害にあったものの苦悩と
そこからやっとのことで這い上がり、
しかも這い上がる過程でも
周囲の色んな言葉に傷ついた女性の姿を涙なくしては
見ることができませんでした。

単なる謝罪では許すことができない姿・・

「あなたも加害者になる可能性さえあるのだから
 そこまでしなくても・・
 あなたは十分加害者を追いつめた」

という言葉に対する彼女の対応は、

「あなたも経験してみればわかりますよ・・」

という一言でした・・。
そうなんだ・・・
誰も同じ経験をしてみないと同じ立ち位置にならないと、
誰も悶えるほどの深い悲しみや苦しみを
完全に理解することはできないのだと思いました。


時間が解決してくれること・・
そういう言葉すら、
例えば、非のない事故で重い障害を抱えてしまったり
かけがえのない存在を失ってしまったりしたときには
その時間はどれほど長く重く本人や家族にのしかかってくるか・・
そういうことを、
今まで出会った患者さんのことを
思い浮かべながら考えてしまいました。


多くの重大な事故は
何度も危険運転を繰り返しているドライバーによって
引き起こされています。
かーこの車を追突した加害者も危険運転が
初めてではありませんでした。


そして、この映画にでてくる加害者も
危険運転で何度も摘発されたことがありました。
一度は謝罪にくるも、
女性の心の苦痛を癒すための十字架を背負いきれず、
最後は逃げてしまいました・・。
どんな謝罪があっても、夫亡き後一生懸命
育ててやっと息子が大学に合格した矢先に、
このドライバーによって大切な命を奪われてしまった悲しみは、
女性からは拭い去ることは困難でした。

しかし、一方彼女は加害者の心からの謝罪と真摯な
行動をもって息子の命を奪ってしまったことの
意味をあなたの立場で示してほしいと言っていました。


自分の十字架を下すために、
自分が楽になるために謝罪するのではなく、
刑を終えても・・
本当に罪を意識しているのならば、
その罪は刑法で課せられた刑を全うしたから終わるのではなく、
被害を負わせてしまった相手の心の苦しみが
心からの謝罪を通して相手の心に響き、
そしてやっと少しずつその重荷を下せるまで
きちんと向き合うことによって
本当の意味で許されるのだと思います。

この映画は薄っぺらい映画ではありませんでした。
一度謝ったからゆるすとか・・
そんなに心は簡単なものではなくて、
実際は、交通事故で人の命を奪っていても
謝罪にすらこない加害者がいたり、
刑を終えたら許されるとかか・・、
そんなんでもなく、
何年も何年も血を吐くような思いで
苦しみ続ける事故遺族が存在することを伝えていました。

刑が軽いから同じ犯罪を繰り返すドライバーがいることを
伝えてくれました。

命の重みを伝えるために、
命のメッセージ展を開き
一瞬にして事故によって奪われた尊い命を
無駄にしないようにと女性は立ち上がりました。

失われた命は取り戻すことはできないし、
事故によって誰かの人生を変えてしまうこともあります。
ハンドルをもつ手にその自覚と責任をもつこと・・
これが何よりも運転免許をもったドライバーが
心しなければならないことだと思います。
とても心に響く映画でした。


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柔道必修化での事故

私の住む県で中学生が脳脊髄液減少症に
なっていました。
しかも・・柔道の必修化で。
やはり起こってしまったか…
どうにかできなかったのか・・
でも早期に見つかって回復したということが
書かれていたのでほっとした・・・
色んな気持ちが入り混じっています。

どんなスポーツでも危険は身近に潜んでいるので
それを恐れるあまり萎縮してしまって敬遠すると
いう姿勢は積極的でないと思います。

しかし、あらゆる事故をそのスポーツをするときめた
学校は想定して、その事故を未然に防ぐ対策を
早期に整える環境を浸透させていくことが、
子供を守る大人の責任でもあるように思いました。

衆議院議員の初鹿先生が下記のように述べていました。

「学校における柔道事故も脳脊髄液減少症も
どちらも私がこれまで取り組んできたことです。
今後も学校での柔道事故が無くなるよう
安全対策の徹底を図るとともに、
脳脊髄液減少症という病気だと気がつかない
ケースが多くありますので、
こちらの啓発にも力を注いで参ります。」


必修化になった以上、早急に体育の指導員への
柔道指導要項を再度検討し良いものへと変えて
もらいたいと思いますし、安全対策に関しては
万全を期すようお願いしたいです。

神奈川県の県議会では以前自民党の内田みほこ議員が
柔道の必修化にむけて脳脊髄液減少症がおこりうる
可能性を指摘し対策を早期にと述べてくださっています。

起こってしまった以上、今後同じことを繰り返さないように
県をあげて再度対策の徹底をしてもらいたいなと思い
神奈川県の知っている先生にお伝えしようと思いました。

それと同時に、県内だけにとどまらず、
全国の子供たちを守るためには、
このケースを国から他の県へも伝達し、
そして各教育委員会は現場の教員へ
浸透させてほしいな・・と思いました。

初鹿先生は、真摯にこの問題に向き合ってくださっている
先生の一人です。多くの国会議員、県・市議会議員が
「子供を守る」「命を守る」視点を
大切にして取り組んでもらいたいな・・と思いました。

IPS細胞

山中伸弥教授がノーベル賞を受賞され
日本人としてとても感動し、心から嬉しく思いました。
ノーベル賞をとる以前から、何度もテレビの特集等で
IPS細胞のことが取り上げられ、
本当にすごい発見だし、一日も早く患者さんの
ために活かすものに確立してほしいなと思っていました。


今回の受賞をうけて、山中教授がインタビューで
仰った言葉の中に、私が一番心を打たれたところが
ありました。

それは、患者さんの一日や一時間と、
健康な人の一日や一時間は全く意味合いが違う。
それゆえ早く研究に戻り患者さんのために活かせるものに
なるよう努力したいというお言葉でした。


山中教授は本当に患者さんの目線に立って
お仕事を続けておられる方だと思いました。

13年度には網膜の再生に臨床応用されるようですし、
またパーキンソン病の臨床研究も5年後をめどに
はじめたいと仰られたようです。

今この病の患者さんは、大きな希望の光が
見えてきたと思います。


また、山中教授は、山中教授の周囲の方々にまず深い
感謝の意を述べておられましたし、今回の受賞を
高橋講師の存在なくしてはありえないとも述べられました。

おそらく山中教授やその周囲の方々は
患者の役にたちたい・・一日一時間の患者さんの
辛さに接してなんとかしてあげたい・・その気持ちで
一丸となって取り組んでおられたのだと思います。
だからこそ、素晴らしい発見があり、そして成果も
あげているのだと思います。


医学というのは考えもできなかった領域まで
発展しつづけるんだな・・と感じずにはいられませんでした。

きっといつの日か、脳脊髄液減少症にも
希望の光が差し込む日がくると思います。

一日一時間の患者さんの苦しみに接してこられた
少数の医師の経験や言葉を大切にして、
これからは医師が一丸となって、
脳脊髄液減少症の患者さんを取り巻く環境を良くするように
取り組んでほしいなとも思いました。

家族

台風一過で、関東は晴れましたが
体調が辛い患者さんが多かったのでは
にか・・と心配です。

さて、下記柳沢桂子さんの「いのちのことば」
の中の「家族」の章からの一説を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛するとは
ほんとうにその立場に立ってものを考え、
行動することだと思います。
その愛こそが、私を内的に能動的にしていると
やっと実感できるようになりました。
人間を愛せた喜び。その喜びが私の心を満たすとき、
その他のいっさいのものが色あせて見えます。

人の助けを必要とする弱者は、
人々に真の喜びをあたえうる存在であることがわかる。
弱者を手助けすることによって、
助けた人の心が満たされる。

苦しみをいっしょにわけもとうと
手を差し伸べてくれるひとがいるということは、
人間のもつもっとも大きな喜びの一つではなかろうか。
温かい気持ちに守られて、
大切に思われている毎日は、
肉体的に苦しくとも心は満たされている。
心は癒され、慰められ、安らいでいる。


以下続く・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「家族」の章の前に「病」の章があります。
そこで、柳沢桂子さんが
病名がつかなかった時に子どもにすら
苦しい病のことを話せなかった・・と
書かれていました。

だから、上記は病名がついた後のお気持ちを綴った
ものだと思います。

外見からわかりにくい病は
家族の理解をも超えているということも
納得できる気がします。
だからこそ、病名がつかない時の患者は
とても追い詰められてしまうのだと思います。

どんな病も、温かい気持ちに守られるべきなのに、
病の中にも選別があり、社会的にも経済的にも、そして
医学の見地からも・・守られる病と、そうではない病が
存在しているのが現状です。


保険適用を早期に実現してほしいです。


多くの病が市民権を得た過程でも
家族の働きかけももちろんあったでしょうが、
患者の声がきちんと体系的に整理され、
医学を学ぶ先生方に適切に学ばれていったのだと
思います。


家族もそうですが、医師も経験が無いわけですから、
患者と向き合うときは患者(=経験者)の言葉を
まっすぐに受け止めることはとても大切だと思います。

そういうことがなされたと感じた時、
「肉体的に苦しくとも心は満たされている。」
という柳沢桂子さんが述べられたような言葉が
患者からでるのだと思います。

私は、肉体的苦しみを訴えるかーこを前に
何もできなかったことが
とても辛かったことを思い出します。

肉体的苦痛をとるのは医学の分野ですが、
精神的苦痛をとることができるか否かは
周囲の対応にかかっています。

だからこそ、経験の有無に関係なく、
苦痛を訴える患者の周囲にいる人は
優しくあってほしいなと思います。
プロフィール

Author:あっこ&かーこ
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