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十字架

自分が許し
自分が許されたとき
きっと十字架をおろすことができるのだろう。


自分が許すと楽になるというが
許すことがとてもできないような出来事が
自分に起こったとき
その出来事によって他者を許せない自分に苦しむ。
許したほうが楽だとわかっていても難しい。
他者が責任逃れと反省をしないでいると
その苦しめられた事実によって再び自分だけが苦しむ。


一方、他者から自分が許されるという立場に立ったとき
他者が自分のことを時間の経過と共に仮に許したとしても
自分自身が反省し続け
許されてはいけないと思い続けるのなら
その自分の起こしてしまった事実にやはり苦しみ続ける。


許し許されるとはそれだけ難しいことだ。
取り返しのつかないことが起こって
自分が被害者になること
自分が加害者になること
それは・・・そういうことを意味している。


いじめについて考える。
自殺をしてしまった中学生の悲しみと無念さを考える。
その生徒の家族の悲しみ怒り悔しさを考える。
加害生徒と加害生徒の親の現在を考える。


もし自分の子供が被害者になったら
私は一生かかっても加害者を許せない気がする。


心が成熟していない子供が加害者となったこの事件で
自分のした罪の深さに
加害少年達が心の成長と共にいつの日か気付いたとしても
許しを請う相手すらもうこの世にいない。


十字架をおろすことはできない。
それが許し許されるということの難しさだと思う。


それでも・・・
何を言われようとも
非難され罵倒されようが
加害者となったならば・・・
心から「ごめんなさい」と謝ること
たとえ許してくれなくても
心の底から「ごめんなさい」と謝り
二度とその過ちをその後の人生において繰り返さないことが
大切だと思う。


開き直ったり逃げたりしては絶対いけない。



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