スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

道筋

先日、懇親会の席である男の子に
「病気のお話聞きました!」
と突然言われた。

その方のお父様にお世話になったことがあり
お父様に以前お話していたので・・・
私の話をご自宅でされたみたいだ。

「そんな病気があると知らなかった・・・。」

としみじみと話されていたようだ。

そしたら、横に座っていた女の子が
何の話かわからないといった感じで
ポカンとしていたから
啓蒙というほどではないけど
私が闘病に至った経緯、
みんなの前から消えていた2年間のこと
そして・・・現在のこと、
私なりの思い・・・
色々お話しをした。

私が驚いたのはここからだった。

その方の遠い親戚に
交通事故で首を痛めて
現在は電動の車椅子を使って
生活をしている方がいるとのことだった。

その方に・・・

「いつ、どうなるかなんてわからないから
 今を大切に生きなさい。」

と言われたことがあると教えてくれたのだ。

実は私も同じことを彼女に言ったから
遠戚のことを話してくれ
その方から同じことを言われたと教えてくれた。

高知という田舎には
病名にたどり着けない環境がある。

そんな中で・・・
首を痛めて車椅子・・・。

本当に頚椎だけの問題なのか?
私も首が完全におかしくなっていたし
首が痛くてたまらなかったけど
腰椎から髄液漏があった。
腰からと聞いたときは
首だと思っていたからすごく意外だった。

なかなか動かない病に
力不足ともどかしさを感じる。

どうか・・・お医者さん
自分の知識外の症状をもつ患者さんを
心の病に押し込まずにいてほしいと思う。

首を痛めたなら治すには何が良いとか
髄液が漏れている可能性があれば
どこどこへ行きなさいとか
道筋だけでいいから
教えてあげてほしいと思う。



スポンサーサイト

聞き役に徹すること

理解されにくい病に
慢性疲労症候群という病があり、
先日病名の変更がなさるべきだと
患者団体が声明を発表したことが
ニュースで報道されていました。

慢性疲労という言葉の響きからイメージする
「疲れが継続的にたまった病」
という感じが
患者が実際に身体で感じるものとはかけ離れていて、
さらなる無理解にさらされることを懸念しての
動きだと思います。

疲労に焦点をあてていうと、
朝起きてパンを焼くという
行為すらしんどい・・と以前かーこが言って
いました。でも、家族のためにそれを
しなければならない・・
それは強迫観念となって
さらに心も苦しめる・・。

こんなこともできないの・・と
思われたくないし、言われたくない・・
そういう行為一つが辛い・・
そういうこともあったようです。

私は、慢性疲労症候群という病名を聞いたとき
かーこから聞いたこの具体例を
思い出します。


恐らく、数をあげればきりがないほど
具体例はあるのだと思います。
でも、この病も無理解の壁が
患者の苦しみに追い打ちをかけている
ことは確かだと思います。


市民権を得ていないといえば、
脳脊髄液減少症患者が併発しやすい
線維筋痛症も患者団体が理解を求めて
国に嘆願しています。


今のところ、原因が不明で治療法も
ないことから難病であることは確か
ですが、特定疾患に指定されていないため
何ら保障が無いと聞いています。

最初に高橋先生を受診したときに、
線維筋痛症の患者が痛みを感じる
痛点を押されて痛くないですか・・と
聞かれました。その時はかーこは殆どが
痛かったと記憶しています。

身体を刃物で切り裂かれるような痛みが
走る病だと聞いたこともあり、
どこか脳脊髄液減少症の患者のいう症状と
似ていると感じつつも・・
脳脊髄液減少症と同様に
非常に辛い病なんだ・・と
言葉を失ったことがあります。

脳脊髄液減少症の多くの患者が
治療後の波のことを話しますが、
波が大きい時にかーこの落ち込みや
悔しさを何度も聞きました。
一方、波が穏やかな時は、落ち着いていました。

感情があるから、痛みや不調により
とても心も揺れるし、心の揺れを抑える
全員に効く特効薬は無いのかも
しれません・・。

そんなときは・・どんな病でも
ただ辛い時は辛いとつぶやける環境と、
周りの理解があればいいな・・と
思います。

そういう環境と周りの理解があったら・・
無理解という追い打ちの苦しみは無いと
思います。理解さえあれば・・
辛い身体に鞭打って何かをせねば・・
という強迫観念も患者にはなくなり・・
身体を休ませることに
罪悪感も無くなると思います。


まだ市民権を得ていないような疾患の
無理解をなくすのは、
辛い患者が国に働きかけて
初めて獲得する類のものである必要はなく、

患者の周囲が、その病を理解しようと勉強して
はじめて達成されるべき問題だと思っています。

患者の声はネットなどにも
蓄積されているし、
患者が辛いと感じることには
同じではないけれど
部分的には共通点があるようにも
感じています。

だから、せめてその共通点だけでも
国がどうこうするのを待つまでもなく
患者の周囲は理解しようと努力する
気持ちさえあれば、
見た目だけでの判断で、
あれこれ言うこともなくなると思うのです。

私は、患者の家族としての立場しか
わかりませんが、
その病を経験していない周囲の人(家族)は、
理解しようと努力した上で、
経験がないから
理解することは到底できないことも理解して

ただ聞き役に徹し
ただ黙って傍に寄り添うことが
何よりも大切な時もあるのではないかと
思ったりします。


オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ





水が流れるがごとく・・・

先日、経営者の方から素敵な話を聞いた。
若かりし頃大変なご苦労された方だったが
現在はその経験さえも糧として乗り越え
その方なりの人生観を築いていた。


ごみは汚いものではなく宝物と思って拾わせていただく。
ダイヤモンドとごみを区別しているのは自分の思い込みで
全てが地球の産物。


これは良い、あれは悪い、これは幸せ、あれは不幸・・・
全てが自分の思い込み。
なるほど・・・と思った。


病についても少しだけ話され
病に対する想いもそれをどう受け止めるかは
自分自身であると・・・。


確かに病は辛い。
脳脊髄液減少症なんかは究極に辛い。
でも辛そうだからといって
周囲がその人は不幸だと決めるのも違う。
決して不幸ではない。
それは自分自身がそう思うかどうかだと私は思う。


水が流れるごとくただ淡々と受け入れる。
自分に降りかかってきたことを
自分のこととして受け入れる・・・。
まずはそこからかもしれない。


今の苦しみは永遠ではない。
だから生きていく。
水が流れるがごとく受け入れ今を生きていく。


日野原重明先生のお言葉より


きみが今日流したなみだは、だれかのなみだをわかるための
レッスンかもしれません。

どんな瞬間の中にも、きみが何かを学べるチャンスがかくされて
いるということです。



辛いければ辛いほど
深ければ深いほど
いつの日か誰かの涙を
言葉もいらず、
そっとそばでわかってあげられる人に
成長できるんじゃないかと私は思う。




オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ





少しずつ少しずつ・・・

昨日、主人が学生時代の友人と飲みに行っていた。
その友人は東京の官公庁に勤めていて
高知に出張するから会おうということになったようだ。
年賀状だけの付き合いだったみたいだが
20年ぶりの話に花が咲いてご機嫌で帰ってきた。

「どうして引越ししたの・・・?」
という話になって色々話したようだ。

妻が事故に遭って脳脊髄液減少症になって
妻の実家の近くに引っ越して
今は治ったから仕事もそこでスタートした
というような話をしたそうだ。
その話をすると・・・

「知っている。あの病気はとても大変と聞いているけど
 奥さん大丈夫?」

みたいな話から始まって

「高知とかであの病気になったら病名つかなくて
 仮病とかいわれて辛かったと思うよ・・・。」

とまで言ってくれたようだ。

あまりにも的確に理解されていて
東京は認知度もかなり上がっているんだなとわかり
なんかすごいな・・・と思った。


年始に愛知に住むいとこがやってきて
病気のこと、周りの人結構知っているよとも言っていた。
知人にもいて治ってなくて体調の波が激しく
約束ができないって言っていた・・・って。


都会は何でも早いな。
それだけパワーがあるんだろうな。
それが地方におりてくるには
どれだけのタイムラグがあるのだろう?

ある国会議員さんが・・
「少しずつ少しずつだよ・・・。」
と言ってくれたようだ。
また、心を痛めてくれている女性議員さんもいて
資料とか集めて頑張ってくれているよって。

昨日、国会に陳情に言ってくれた友人から
電話で教えてもらった。

辛い身体で陳情に行ってくれている方のお陰で
少しずつ少しずつ動いてくれている。
きっと・・・タイムラグはあっても
地方に浸透するのも時間の問題だと思う。
今までの影の努力に心から感謝したい。
そして・・・陳情にいってくれた方にも感謝。



オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ







心を込めて

小学2年生の次女が幼稚園の年長さんのとき、
そろそろ卒園とのことで、色んな委員の
ボランティア募集がありました。

ボランティアといっても、
あまり集まらなくていいものから、
沢山集まって時間がかかるものから様々でした。


長女は別の幼稚園だったこともあり、
次女の幼稚園ではどのボランティアが大変かを知らず
後で自分が一番集まりの多い(人気のない)
ボランティアに立候補していたことが
わかりました。


アルバム委員です。


写真を選んで貼って先生方にプレゼントするだけかと
思っていたのですが、表紙も中身も
ゼロから毎年先生の数だけ作り上げていたのでした。

アルバム委員に選ばれてからそれを知り
正直、最初はしまった・・と思いました。


でも、その気持ちは1,2回で全く消えました。
なぜなら、そこに集まったメンバーは大変なことは知って
それでも先生方に素敵なプレゼントをしたいと思って
いた素敵なお母さんたちばかりでした。


年明けから、毎週2回ほどあつまりましたが、
私も、その集まりが楽しくて仕方ありませんでした。
生地を買い刺繍を施したり、パソコンを使って
デザインしたり、和紙に色染めしたり・・と毎週毎週
色んなアイデアを出し合って、和気あいあいと
今年のアルバムが一番素敵なプレゼントになるように
頑張ろうね!と違うクラスのお母さんも一緒になって
作り上げました。


出来上がりは、それは本当に作った側は
自己満足かもしれませんが、一番素敵!と
思えるものができました。

きっと喜んでくれるよね・・私たちも
こんなに楽しかったんだから・・・
そう感じながら、卒園式で23人の先生に手渡し
しました。
ちょっとぐっとこみあげてくるものが
ありました。


貰った先生方の反応は・・
笑顔やとくには笑い声をあげて
中身の一ページ一ページを、
思い出を紐解くように
見てくださいました。

理事長先生が、
「素敵なアルバムをありがとう・・
大変だったでしょう・・宝物にするわ・・」
そうおっしゃってくださった時は
本当にやってよかったと思いました。


私たちの満足感は先生方の満足感にも
繋がっていったと思います。

先生に喜んでもらいたい・・先生に感謝をこめて・・・
そういう思いでアルバム委員の作成したものは、
結果的に先生方一人一人の心に届きました。


作っている時、色んな意見がでましたが
やってみようよ!きっとうまくいくよ!
面白そうだし・・、もしちょっと変に
なったら、また作り直そうよ!


そういう感覚で1冊1冊を作り上げました。


前置きは長くなりましたが、
こういう感覚で何かをなそうとすると、
それは素敵なものができるのではないか・・と
感じました。


色んな意見があるし、色んな価値観があるし、
自分の感覚とは少し違っていても、
その人やその集団の中に、
きっとこれは患者さんのためになる・・
という思いからしていることなら・・
いつの間にか点と点が繋がる日がくると思います。


そして、そこに集まる人ひとりひとりが
他者への思いをも大切にすることも
大切だと思います。


先日神奈川県の県議の敷田先生と
電話にて話しました。
1月12日の高橋先生の小児改善率の
読売新聞の記事についてご紹介させていただいた
ところ、敷田先生の方でも年末に色んな
お知り合いの方に脳脊髄液減少症の問題を
話してくださっていたそうでした。


敷田先生は元日本道路公団の総務部長と
年末お会いしたようで、
脳脊髄液減少症問題についての理解と
何らかのご協力についてお願いしてくださいました。
私の方でも、今後資料なども送付したいと思います。


元道路公団の方ということもあり、
死亡事故や重度の障害を引き起こした事故だけでなく
交通事故の中に軽傷と思われていた事故、
物損で済まされていたような事故の中にさえ、
脳脊髄液減少症が潜んでいる恐れがあることを
私は伝えていきたいと思います。
かーこも、最初は物損事故で処理されましたから・・。

また、ハンドルを握る全ての人に
脳脊髄液減少症という病の存在を知ってほしいと
思っています。


より多くの方々への周知が大切だと痛感していますと
敷田先生も仰ってくださいましたし、
県警や教育現場のみならず
あらゆる方面への周知を図っていきたいと思います
と力強いお言葉もいただきました。


また、みんなの党の県議の宗像先生とも
共に声を掛け合いたいというお言葉を
いただきました。


何かをともに行うときに、気持ちの良い環境で
和気あいあいとできるといいなと思います。
そういう環境や笑顔のでる環境の中からは
良い結果もでてくるのだと思います。


敷田先生も宗像先生も、とても気持ちの良い
一緒に話しているとこちらまで温かくなるような
先生です。


このような議員の先生が協力してくださるのは
とてもありがたいな・・と感じています。


オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ


早期発見・早期治療を!

私の経験より・・・
髄液がいったん漏れ出てしまっても
ある限界を超えなければ
何とかなってしまう。


具合悪くて仕事も困難になってくるけど
それでも限界を超えなければ
ゴロゴロしながら何とかなってしまう。
時々外出することも食事に行くことも
しんどいながらできてしまう。


でも・・・その限界を超えてしまった時
発狂しそうになり
簡単な動作さえ困難になり、
物を考えたり、人と会話をしたり、活字を読んだり
歩くとか座るとか・・・
音や光といった感覚など・・・
全ての行動や感覚が無理になり
何もかも投げ捨てて私は実家で倒れこみ
そして、とても生きていられないと思いながら
ただただ東京診察の日を指で数えながら待っていた。


説明できないほどの激痛と脱力感・・・
この世のものと思えないほどの
地獄のような症状。


医療現場で認知されていれば
そんな経験しなくてもいいはずなのに
認知されないから患者がそこまで追い詰められる。


早期発見できれば
医師がこの病の可能性に気付いてくれれば
いや・・・社会にこの病名と症状が浸透していれば
絶対安静と点滴治療により回復できる可能性は高い。


医師が知っているか知らないか?
それが患者の運命を左右するなんて
普通だったら大問題なのに
この病気は医師が知らなくても
仕方がないで済まされてしまう。


本当にそれでいいの?と思う。
未来に向けてどうすれば良いか考えたい。
ブラッドパッチで発狂しそうな症状から
私は解放された。
恐らく漏れ続けていた状態が
広範囲で塞がったのだと思う。

症状はその時点では完治ではなかったが、
ブラッドパッチがなかったら
自分は生きていたかさえわからない。

.................................

上記はかーこの回顧録をひっぱりだしました。

BP治療1年以内なら
小児においては96%改善という記事が
読売新聞で1月12日にでていました。
内容は・・・下記のとおりです。


子の脳脊髄液減少症発症 1年以内に治療改善96%


 脳や脊髄の周囲を満たす脳脊髄液が事故などの衝撃で漏れ、激しい頭痛やめまい、倦怠けんたい感、視覚障害などが続く「脳脊髄液減少症」で、子どもは発症から1年以内に治療すると、改善する割合が96%に上ることが、高橋浩一・山王病院(東京都港区)脳神経外科副部長の調査でわかった。

 スポーツ中のけがや交通事故、尻もちなどで子ども(15歳以下)の時に脳脊髄液減少症を患い、同病院で治療した患者50人について調べた。うち28人はMRI(磁気共鳴画像)検査で異常が見られず、発症の経緯や症状、他の専門的検査でこの病気と診断された。

 発症して1年以内に、脳脊髄液が漏れる穴をふさぐブラッドパッチ治療を受けた患者24人のうち、23人(96%)で症状が軽減。治療効果は発症から年数がたつほど低下傾向だった。

(2012年1月12日 読売新聞)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

署名運動のご協力をいただいている方から
嬉しいお言葉をいただいています。

それは、
意外ですが、脳脊髄液減少症の病について
知ってる人が自分の想像した以上に多くて
嬉しかった・・

というものでした。

地域差もあるとは思いますが、
高橋先生のように新聞への投稿を積極的に
されたり、患者さんご自身がマスコミにでてくださったり、
また、地域や国への働きかけをし続けてくださっている皆様の
お蔭だと思いました。

早期発見により
誰でもが保険適用のもと
早期治療をうけることにより
患者さんが地獄の苦しみを味わうことのない
社会になりますように・・

署名活動は周知活動にもつながります。
引き続きご協力をお願いします。




オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ



にもかかわらず笑うこと・・・

人生最悪の劇悪化の時
母は東京に飛んできてくれた。

高知ではどうやら泣いていたようだけど
東京で寝たきりの私の前にあらわれた母は
持ち前の太陽のような明るさで、
できたてほやほやの笑い話を
ここぞとばかりに次から次へ話して

「かーこ、こんな時こそ笑わんといかん!」
「笑え~笑え~・・・。」
と言った。

内心笑えるか?と思ったけど
苦しんでいたはずの私も
話の内容が内容なだけに大爆笑してしまった。

笑うことは治ることに繋がる。
身体の免疫もアップする。

だから・・・
どんなに辛くても
時には深刻になりすぎず
笑い飛ばしてみるのもいいかもしれない。

ツイッターでつぶやく患者さんの話の内容に
私はお腹を抱えて大笑いしたこともある。
もともと楽しい方なのだろう・・・
病気さえも持ち前のユーモアで
笑いに変えてしまう。

外に出て、皆と交わりながら冗談を言うのが
今現在、困難な状況であったとしても
時々でいい・・・
寝たままでも冗談を言い合い
笑える環境があると
病とともにある生活の中にも
心がほっこりする時間を
きっと楽しむことができると思う。



オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ



美意の杏配



一年ほど前、テレビで偶然聞いた
「美意の杏配」というインドの逸話を
このブログで紹介しました。

内容は下記のとおりです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔王様と家来が散歩をしていた。
そこに、猛獣が現れて、
王様の指をかみちぎってしまった。

王様は家来に
「なぜ助けてくれなかったのか・・」
と怒った。

助けられなかった家来はひとこと、

「美意の杏配(びいのあんばい)です。」
(天の美しい配慮によってきめられている事)
・・・と。

王様は怒って、家来を牢獄に入れてしまった。

その後、しばらくして王様は一人で
また散歩にでかけた。

その時に、人をとらえて、いけにえ
にする集団に捕まってしまった。

しかし、王様の指が無いのを見ると、
「この人は神からの遣いだから殺してはならない」
といって、王様を逃がしてくれた。

王様は、牢獄に入れた家来の所にいって、
「指を猛獣にかまれたことで、自分の命は助かった・・・。」
といい、家来を牢獄に入れてしまったことを
お詫びした。

家来は、

「これもまた、美意の杏配です。
お詫びはまったく要りません。
王様が私を牢獄に入れてくれたお陰で、私も命が
助かりました。もし、一緒に行っていたら私の
命はありませんでした。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、ある患者さんからご自身の闘病の話を
教えてもらい、この「美意の杏配」の話を
思い出しました。

その患者さんは若いころに
脳脊髄液減少症を発症されて、
じわじわと体調を崩し
あるときに劇悪化して様々な神経症状とともに、
歩くことも困難になりました。
数十年たった今、
自分なりにいくつかの治療を試みて
痛みがかなり楽になり、日常生活でも
雪が降れば、雪かきもできるようになった・・
と教えてくださいました。

そして、ご自身の辿った過程すべてが
自分には必要だったと思う・・と
すべてを肯定されていました。


辛いときに、その現状を肯定することは
とてもできないと思いますし、
できなくて良いと思います。


しかし、前に進む時の流れの中で、
いつか肯定できる時がくる・・
そういうことを、私に教えてくださった
ように思います。

お話しを通じて、その方の心の穏やかさも
感じました。

ご自身に合う治療を継続されて、
益々ご快復されますことを
心よりお祈りいたします。


オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ





一意専心

一つのことを、心をこめて
やることを一意専心というようだ。

一つのことを迷いながら、
時には諦めそうになりながら
でも続けていくと・・そこには
そのことだけでなく
見えてくる世界が色々ある。

脳脊髄液減少症の問題一つにしても、
いろいろとあれこれ考えたり悩んだりしていると
そこから、国や医師や司法など、
権力や権威がある世界を垣間見たりするだけでなく、
実はそれらは形を変えて
色んなところに存在する人間関係の難しさや
複雑な社会の問題にもつながっていると感じる。

また、それらの問題を自分なりに
どう受け止めるかという
自分の心の在り方にもつながっていて、
うまく説明するのが難しいのだけれど、
脳脊髄液減少症を認めてもらうためのすべての動きには
自他ともに大きな意味あるものを感じる。

だからこそ、それぞれの立ち位置で
できることをしている人、
精一杯生きている人を私は応援したい。

裁判においては、
一生懸命理不尽な状況を裁判によって
変えたいと思っている人を応援したい。
きっとその人には裁判を通して
見える色んな世界があり、
そこから色んな気づきが
もたらされると思うから。

ずっとバッシングをうけながらも、
必死に患者のために治療を継続してくださった
少数の医師の努力を応援したい。
その努力が実を結びつつある過程にあると
実感しているから。

ブラッドパッチをし、良くなりつつある方を
心から応援したい。ブラッドパッチ治療のみで
完治した人でも、過去は治療後体調の波がきて
不安に押しつぶされそうになりながらも、
必死で歯を食いしばってその波を堪えて
時間をかけて治っていった道のりがあったことを
聞いているから。
本当に頑張ったね・・といつか言える日が
くると信じて・・。
そして、それらの困難な経験は
無駄にはならないと思うから。

ブラッドパッチ後、残存症状がある方で、
完治にむけて必死でほかの治療法を求めている人が
いるとしたら、自分にぴったり合う治療法に巡り合う
ことができるように心から応援したい。
自分なりの治療法を求めることを通して
自分の身体を自分なりに見つめると同時に、
求めて探しているうちに出会える
人との縁にも感謝できると思うから。

自分が良いと思う患者会に入って
一生懸命国や自治体を動かそうと以前から
力を注いでいる人たちを応援したい。
なぜなら、それらの活動を通して大きなことを
成し遂げているという自尊心をもつことができ、
また、自利を超えた尊いものを
社会に残してきたと思うから。

患者会に属さず、個人で訴え続けている人を
応援したい。
なぜなら、どこに属さずとも
脳脊髄液減少症の問題を見て見ぬふりできず、
自分なりの方法を考え一生懸命行動し
努力しているから。
そして、継続することで、自分の
中にある揺るぎない力を感じることが
できると思うから。そして、個性のある行動は
他者へ勇気や希望を与えていると思うから。

みんなを認め合い、一人一人が一生懸命
一意専心の思いでやっていくうちに、
自分なりの目的を達成することが
できるのではないかと思う。

一つのことに信念をもって
一人一人がやっているうちに
それが少しずつ周りの
みんなに広がっていき・・
そうしているうちに・・、
小さな違いには目を閉じて、
大きな同じ目的にむけての環が
垣根を越えて完結するような気がする。

政治では政治家が属する党派にこだわらず、
医学会では、あらゆる学会の考え方にとらわれず、
患者会においては、自分の会の存在のみにとらわれず、
色んなところにできている垣根がとっぱらわれると
今以上に大きな目的の達成が加速されるのでは
ないか・・と思う。

誰しも、命の大切さにただただ焦点をあてて
みんなが協力し合うことができればいいな。

ずっと変わらない私のささやかな願いは、
患者の心と身体が穏やかになることだ。
今年が皆様にとって幸多い年となりますように。


オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ





未来の誰かに繋げる為に・・・

かつての私のように
健康で不自由なく満たされていていた私は
世の中に弱者がいることに
目を向けることもせず
考えることもなく
当たり前のように自分の居場所に安住し
時には感謝も忘れ
時には幸せすぎるのに
不満を口にしたりして過ごしていた。


でも・・・
そういう感覚でいることが
つまり自分に関係のないことは
無関心でやり過ごそうとすることが
どれほどまでに自分にとって
好ましくないかを
病気をしてつくづく感じてしまった。


一生を苦なく過ごしとおせる人はいないはずだ。


もし無関心でい続けたなら
その試練が年老いて自分にやってきた時
受け入れることができないと
人生のリセットを望んでしまったかもしれないから。


脳脊髄液減少症が悪化した時の苦しみは
かなり過酷で、
到底言葉では説明のつかない苦しみと私は思う。


その苦しみに身をおかざるを得なくなった時
どうやって受け入れるかもがき苦しんで
発狂しそうになって
泣きじゃくって
自分は弱いと知り、
人間は弱いと知り
そして・・・弱いものだとわかったから
どんなことがあっても
弱いなりに生きていこうと思えるようになった。


自然の脅威の下では人間は無力だった。
目に見えない原発被害に対しても
今すぐにといってなす術が見あたらない。


でもね・・・
自分がとことん辛い状況になって
弱い人間も、良心に従い
声を上げてNOと言えるようになった時
その悲しい自分に起こった試練が
将来の誰かにプラスとして繋がると思う。


プラスに変わったとき
縁もゆかりもない誰かを助けることができ
目に見えないところで
未来の誰かの幸せを築いていくことができると思う。


私も過去の患者さんがNOといい続けたお陰で
見ず知らずの方から助けてもらったんだよ・・・。


お逢いしたこともない方々の過去の情報から
助けてもらったんだよ・・・。


だから、やっぱり無関心ではいられないな。



オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ





あけましておめでとう!

今年こそ・・・
脳脊髄液減少症が抱えている
この理不尽な状況を
変えていこう!

思いの大小はあっても
願いの違いはあっても
こんな理不尽な状況を
放置するわけにはいかないでしょ。

人間社会なんだから
人を守る社会でなければ駄目でしょ。

自分と他人は同じでないから
人と自分がちょっと違うなと思うことがあっても
自論を相手に押し付けるのではなく
なるほど・・そういう考えもあると受け入れ
やりこめたり批判したりすることなく
さらりといこうよ。

応援してくれる協力者に感謝し
堂々と恥じることなく自らの経験を伝え
力強くやっていこう。

えらそうにいっている私も
脳脊髄液減少症だったことを
知らなかった人たちに話したとき
最初とても引かれてしまい
実は動揺したりした。

そして・・・
まだまだ自分は小さいなと思った。

でもね・・・
完全に鎧を脱いで洗いざらい話してしまうと
声かけにくそうにしていた方たちが
「理不尽だね・・・どんどん伝えなさい。」
とか言ってくれたりしてね、
この世も捨てたもんじゃないって思ったよ。

怖がることはないし
悪いことは何一つしていないから
堂々としてればいい。

私みたいに治った人が伝えなきゃ
伝えられないほど苦しまれている方に
申し訳ないとも思う。

でも一人だから・・・
できること少ないよ。
ブログ・ツイッター・FBとか
色んなツール使って・・・。
小さくて微力でもできることだけやっていこう。



オンライン署名

紙面による署名



Twitterボタン
Twitterブログパーツ



プロフィール

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。