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脚気論争

いつも温かいコメントを
残してくださるあきちゃん先生から
脚気論争のことを教わり、
少し調べてみると、
その興味深い内容に感銘を受けました。

そして、医学の進歩の背景には、
たゆまぬ努力と信念を持ち続けた
お医者様の存在があることを
脚気論争を知り思いました。


ただの医学の歴史というだけでなく、
そこには
「諦めないことの大切さ」、
「思い込みの怖さ」
など、自分が生きていくうえでも
本当に大切なことを教えてくれるものでした。

脳脊髄液減少症はおそらく太古の昔からあったとは
思いますが、数は多くないと思います。
近代になって、車を普通に誰でもが運転するような
時代を背景に患者の数は多くなっているはずです。

一方、脚気は
栄養不足と栄養を科学的に研究する
機関がなかったことなどから
病が生じたわけなので、
日本では、過去の病になりました。

脚気論争は明治から大正にかけての
日本の歴史で初めての医学論争といわれています。
脚気は、栄養欠陥によりおこると主張した
高木兼寛医師と、細菌による伝染病であると主張した
陸軍東大グループ間での論争です。


栄養状態が豊かな今では、
過去の病気となった脚気という病の歴史に、
長い医学論争があったのです。


高木医師は、栄養欠陥で脚気がおこることを
立証するために栄養実験を何度も繰り返し、
そして主張し続けます。
しかし、どのような意見も、
当時の陸軍東大グループの医師
により黙殺否認され、脚気の発症の原因が
高木医師の主張通りだと認めるまでに40年の
月日が経ったといわれています。

その間にどれほどの尊い人命や人生が奪われたかを、
考えざるをえません。


明治になって40年続いた脚気論争がひと段落したころ、
黙殺否認され続けた高木医師の

「諸君の前で脚気の話をするのは
私の甚だ喜ぶ ところであります。
何故に喜ぶかと申しますと、
今日まで高木の説を聞きたいというものは
一人もいなかったのであります。
いつもただ反対の声のみでした。
それ故高木は最初 大変苦労しました。」


という言葉を知った時、
高木医師の強い信念のおかげで
命が守られたのだと感銘を受けました。


篠永先生が
「脳脊髄液減少症は交通事故などの
身体へ受けた衝撃により発症する」
と2000年に提唱してから、
12年が過ぎようとしています。
その間、篠永先生の説は、
「髄液が漏れることなどありえない」
という医学間での常識に固執した多くの医師により、
否認をされ続けました。


今年の5月に脳脊髄液減少症は交通事故などの外傷で
おこりうると医学会で認められたことは、間違いなく
この病の歴史には輝かしいことだと思います。

先日、ある元患者家族の方とお話ししたのですが、
その方のご家族は病名がまだ提唱される前に
交通事故により発症し長い年月彷徨い苦しんだそうです。
だから・・医学会で病が認められたことに
深い感慨を覚えるとおっしゃっていました。


同じ医学論争でも、脚気論争の起こった当時と
脳脊髄液減少症を取り巻く論争は、
似て非なる点があります。

綱引きを例にあげますと、脚気論争は、
一医師vs当時の超エリート医師集団でしたが、
脳脊髄液減少症の論争においては、
認め(たく)ない医師 vs 病を認め
実際治療にあたる少数の医師の背後に、
一方は損保会社という大きな勢力が後押しし、
もう一方には疲れ切った患者が多数いることです。

どちらが綱引きで勝つかは、
今の脳脊髄液減少症の裁判の勝率が10%未満という
裁判結果を見ても自明のことです。


脚気論争が40年続き、終息するまでに
尊い人命がどれほど失われたことでしょう・・。
同じく、脳脊髄液減少症の辛い症状のなか、
命さえ投げ出してしまった人もいる事実が
何件もあるのです・・・。

かーこの当時の症状を思い出しても、
やっと一日一日を生きているような状態でした。
治療をするまで、命がなくなるのではないか
本当に怖かったと言っていました。

私の目に映る姿も、身体全体からも
悲鳴を上げていました。


車社会、学校生活を送る中で、
「脳脊髄液減少症」を絶対患わないという
保証がある人は現代社会の中で、
誰一人いません。


医学論争の中で忘れてほしくないのは
まずは、人の命を一番に考えて、
患者の声を多く拾い上げそして救済し、
患者の身体を癒すにはどうするか・・という
ことにエネルギーを集結することだと思います。


脳脊髄液減少症患者は、
過去の患者さんであればあるほど、
長い年月、病気の存在さえ否定され続け
苦しみ悲しんだのです。

医学会での「思い込み」により、
患者は苦しんだのです・・。

病気は外傷により低くない頻度でおこるという
報告があったわけですから、
「本当に辛かったですね・・これからは、
医学はあなたたちを苦しめませんからね・・」
という温かいものに代わってほしいです。

そして、高木医師の努力の中に、

自分の感覚で信じることを信じるということ、
「諦め」を持たないこと、
こうでないといけない・・とか
ここでないといけない・・というような
「思い込み」や「制限」をとっぱらうこと、
たゆまぬ努力など、

実は、病だけでなく実生活においても
活かすことができ、また
自由にしなやかに柔軟に生きることが
実は「生き易く」することに繋がるのかも
しれないということも
暗示しているように思いました。
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