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回想録⑤

入院は短すぎるくらいで退院を迎えた。
退院したと言っても元気とは程遠く
こんな状態で家に帰らないといけないのか
動くのも苦痛なのでそのまま入院したいとも思った。

その時の私は抜け殻の状態ではなく
急激に良くなろうとしているのか拒絶反応か
激しすぎる症状に実はかなりまいってしまった。

バルーン効果はあっという間に終わり
頭の中は熱湯が沸いているのではないかと思えるくらい
熱をもち、
タクシーでやっとのことあっこの家に帰った。

あっこは退院後の私の姿を見て驚いた。
私は倒れこむように横にさせてもらった。
母から電話がかかってきたけど
あっこが泣きながら応対していた。
少し話すようにと変わったけど

「おかあさん・・・」
と泣きながら声を出す以外に言葉は出なかった。
母はその後すぐ東京に飛んできた。
父も子供も・・・

「人間は息をしてご飯食べよったらえい。
 ご飯作れんかったら作って食べらすし
 何があっても生きんといかん。
 親より先に絶対死んだらいかん。
 絶対許さん。
 あと・・・泣かんと笑いよって・・・。」

と母に言われた。

こんなに辛いのに生きないといけないのか
とか
どれだけ私は迷惑をかければいいのか
とか、
あと・・・母の気持ちも痛いほどわかり
涙が止まらなかった。
家族みんなが泣いていた。
私が泣きじゃくるから皆を泣かしてしまった。

激しすぎる症状を乗り越えたころから
握力が少し戻ってきたり
息が苦しくなくなったり
痛みは酷かったけれど人間に戻れたような感じがた。

痛くても苦しくても
これで、生きられると実感した。

1回目のブラッドパッチから3ヶ月をあけずに
2回目をすることにした。
3ヶ月もたつと高橋先生もびっくりするほど回復していた。
「本当に良くなられましたね・・・。」
と声をかけてもらうことができた。

2回目のブラッドパッチは自分の意思でしようと思った。
その理由は、漏れが酷かったので
1回では塞ぎきることはできないだろうと思ったことと
高知から東京に来るには相当な体力を要するので
東京にいるうちにやっておこうと思ったからだ。
もちろん、1回目の効果を実感していたことも
大きな要因だった。

2回のブラッドパッチ以外は
治療らしい治療もほとんど受けず家に閉じこもっていた。
寝ているだけなのに高知に帰る体力がなくて
4ヶ月もあっこの家に転がり込んでお世話になった。

あっこにもあっこの旦那様にも
あっこの義母さんや義姉さんにも本当に良くしてもらった。
私のためにお守りを買ってきてくれたり
身体に良いと言われるシーツをプレゼントしてくれた。
どんなにありがとうを言っても足りないくらい
お世話になった。

あっこに命を助けてもらって
一人で帰れるようにしてもらって
空港バスのバス停まで見送ってもらった。
空港へ向かうバスの中で、感謝でいっぱいになり
一人涙溢れ止まらなかった。



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