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心と身体

先日友達数人と集まって昼食会をしました。
友達の一人は1歳3か月の
よちよち歩きの赤ちゃんのいる友達で、
3人の子供のお母さんです。
話していても、いつもの行動も、
小さいことはあまり気にせず、
肝っ玉母さんといった
おおらかな印象がある友達です。

その友達との会話の中で、
赤ちゃんが8か月のとき、
トラックと追突事故を起こして
次の日から授乳が止まってしまってミルクに変えた・・。
上の二人は1歳までずっと授乳できたのに・・
という話がありました。

彼女の過失で駐車場での
後方確認をしなかったために追突してしまったのですが、
鞭打ち等の症状はその後もでなかったようです。

ただ、私はその話を聞いたあと、
交通事故の及ぼす心的ストレスについて
少し考えてしまいました。

心の闇により病気になってしまうのが、
鬱とよばれる病であり、
心が身体に及ぼす影響の大きさは
社会問題になっています。

一方、身体の病気により心に影響を与えるかどうか・・
もちろん、とても大きく影響を与えると思います。
脳脊髄液減少症など、病院で治療して回復、
完治するまでの道のりの中に、
かーこが言うにはひどく困難な症状があり、
また、対面せざるをえない社会問題も存在し、
治療のみになかなか専念しにくい病では、
身体が辛い上に、心も深く傷つきます。

病を抱えた人は、どのような病であれ、
むき出しの有刺鉄線のような精神状態であると
聞いたことがあります。

だからこそ、
患者と接するときは
言葉の一つ一つに愛や優しさがあることが大切なのです。
ふわふわのタオルで有刺鉄線を
包んで上げる努力が周りには必要なのです。

しかし・・
もし、周りが言葉の凶器、批判や非難を浴びせると
どうなるでしょう・・・。

患者の心は、身体の不調が追い打ちをかけるように
闇へと光を閉ざしてしまう可能性があります。

鬱という病は、心の闇を取り除けば後遺症がなく
治る病であるときいたことがあります。
タレントの岡村隆さんなどは、
今も薬を飲んでいるようですが、
目の輝きを見る限りでは
完治しているように思えます。

一方、脳脊髄液減少症は・・、
心の闇を取り除いても、
根本的な身体への治療がなされないと・・
治ることは難しいのです。

治療が遅れれば後遺症が残ります。
後遺症のことも含めて、
心の闇で片づけようとする
医師や裁判官には過ちがあります。

脳脊髄液減少症には保険適用のもと
適切な治療を一日も早く傷が浅いうちに受ける・・
そして、身体を上げていくとともに、
メンタルのケアが必要なのです。

色んな意味で、
弱者をサポートする優しい社会が
社会問題となっている自殺を減らすことにも
つながると思います。

かーこは、病気の最中
保険会社との接点を極力もたず、
ストレスフルな保険会社との交渉などは
夫にまかせていました。

病気の時に前面にでて、
有刺鉄線のような精神状態で
保険会社と話合いをしたとしたら、
感情のコントロールを失って、
ボロボロになっていたかもしれませんし、
おそらく今ほどの改善は望めなかったでしょう。

一分一秒が辛くて生きていることが
やっとのような症状を抱えた病気の最中、
保険会社からの卑劣な言葉をあびせられても、
心が揺さぶられないくらいに強靭なメンタルを
持てる人などいるでしょうか・・?

病気治療に専念して回復した部分に感謝しながら、
身体の状態を上げていくこと・・
そうすることで心の闇を光へと変えていくこと・・
心の平穏を取り戻すことをしてほしいな・・
と思います。

心と身体は密接につながっています。
どちらが壊れてもバランスが崩れます。
だからこそ、どちらともをゆっくりでも良いので
上げていってほしいです。

患者の皆さんには、
これほどの病を抱えながらも
生きていることに、
誇りと自信を持ってほしいと思います。

苦は必ず本人の魂を磨くと
聞いたことがあります。

どんな状況であろうとも、
小さいことでも良いので
感謝やありがとうといったことを
一個でも二個でもみつけ続けてください。

全ての患者の心が穏やかになる日が、
一日も早く来ますように。


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轟愛さんの判決

みんとさんのブログより
......................................................

OBSニュース 2011/9/22
脳脊髄液減少症裁判・高裁が棄却 [17:32]
http://www.e-obs.com/obs-news/genko/DD09220017865.html

体育の授業中の事故で脳脊髄液減少症になり
重い後遺症を負ったとして、
21歳の女性が宇佐市に対して
損害賠償を求めている裁判で、
福岡高裁は22日、原告の訴えを退けました。

この裁判は2003年に体育の授業で
バレーボールが頭にあたり重い後遺症を負ったとして、
当時中学2年生だった轟愛さんが
学校を管理する宇佐市に対して
損害賠償を求めているものです。

争点となっているのは、ひどい頭痛やめまいが続く
愛さんの今の症状が
事故による後遺症といえるのかどうかです。
愛さんは、外傷により髄液が漏れ、
脳脊髄液減少症になったと主張。
一方、宇佐市は後遺症はないと主張していて、
病気の認定をめぐって対立しています。

外傷により髄液が漏れることで
頭痛やめまいが起きる脳脊髄液減少症は、
10年ほど前から一部の医師が
積極的に診断を始めた病気です。

しかし、医学界では髄液はめったに漏れない
とされてきたため混乱が続いていて、
国の研究班が研究を続けている状況です。

大分地裁中津支部の一審判決では、
教諭の過失は認めたものの、
愛さんの後遺症については
医学界の混乱などを理由に認めず、
原告は一部を不服として控訴していました。

こうした中、今年5月、国の研究班は
「外傷で髄液が漏れることがある」
とする中間報告書と診断基準案をまとめ、
病気の存在を正式に認めました。

22日の福岡高裁の判決で、西謙二裁判長は、

「総合的に見ても愛さんの症状は
脳脊髄液減少症とはいえない」

として、訴えを棄却。
原告の主張する診断基準は認められませんでした。

轟さんは今後

「愛さんの治療に専念したい」

として上告するかどうかについては、
慎重に判断したいとしています。
一方宇佐市は

「当方の主張が認められたと受け取っている」

とコメントしています。


『同じ空の下 脳脊髄液減少症と闘う母娘の記録』
で紹介した轟愛さんの裁判です。
http://blogs.yahoo.co.jp/sumomo_6102/5610642.html

..................................................

愛さんは間違いなく事故後遺症を負って
今尚苦しんでいます。

裁判官とはいえ病気でない方から
「総合的にみて愛さんの症状は脳脊髄液減少症ではない」
と言われ、愛さんはどれほどまでに傷ついたか・・・。

事実を事実なしと公の場で言われる悲しさ・・・。

彼女の本の中で紹介されている
13箇所から髄液が漏れている画像は衝撃的で
これほどまでに漏れていると
ショック状態になり命に関わるというようなことが
確か書かれていました。

そこまでの経験を中学時代に負わされてこの判決です。
残念でなりません・・・。


回想録④

空港にあっこが迎えに来てくれた。
「こんなになって・・・可哀想に・・・。」
と言って体を支えてくれた。
そして・・・
「私がかーこを絶対治すからね。」
と言って私の心も身体も預かってくれた。

東京に着いてからは
山王病院に行く日を指で数えながら心待ちにした。

やっとその日が来た。
午後の診察だった。
あっこに連れて行ってもらい
病院でも支えてもらっていたけど
待ち時間がたまらなく辛く長かった。

待合で待っていると高橋先生自らが出てきて
「遠く高知から来てくださったんですね・・・。」
と声をかけて診察室へ迎えてくださった。

私は座って診察を受けることができずに
診察台に横にさせてもらった。
そして・・・先生の質問に答えた。
「症状は?」
との質問に
「ありすぎて訳が分かりません。
先生・・・助けてください。」
こう告げるのがいっぱいだった。

たまたまキャンセルが入ったのか
診察の翌週に入院予約が取れた。
ブラッドパッチをするか否か検討する余裕は
その当時の私にはなかった。
とにかく何とかしてもらわないと
生きていけない・・・。
これが率直な感想だった。

「こんなに早く入院ができるなんてないですよ・・・。
 風が吹いていますね・・・。」
との高橋先生のお言葉が優しすぎて
心から有難いと思った。

入院当日、高知からやってきた主人と病院へ向かった。
やっと治療らしい治療が受けられると思うと
心から嬉しさがこみ上げた。

RI脳槽シンチで確定診断がつき、
翌日にブラッドパッチをしてもらえることになった。

治療時間にしてはあっという間だった。
治療の後、事故後のことが次から次へ思い返され
涙が溢れて泣きじゃくった。

看護師さんに手を握ってもらい泣き続けた。
お優しい看護師さんだった。
お若くてとても手際が良いとは言えない方だったが
心が美しくて天使のような女性だった。
握ってもらった手が温かくて
凍りついた心を癒してくれた。


事実あるのみ!

私の2年は何だったんだろう?
と思う。

交通事故後体調不良になり
仕事もできなくて
病名がつかないまま退職し
その後髄液漏れと診断。
ブラッドパッチにより著名改善。

なのに・・・
貴方には髄液漏出は無かったとの保険会社から手紙。

そんなはずはないと意見書を送っても
同じ回答。
ただし・・・枕詞に
「事故による明らかな」
とあり
じゃ~勝手に漏れ出したとでもいいたいの?と
承服しかねる内容。

事故に遭って
理不尽なことを次から次にと経験したけど
とどめが刺された感じ。

これでは患者の怒りはおさまらないよ。

保険会社の担当や損保の代理店は
東京に行く前に私の姿を見て

「これは大変だ・・・
 至急治療を受けてもらわないと
 完全に寝込んでしまう。
 東京に行ってください。」

と言ったにもかかわらずだ。

それは、この病気を
地元の代理店や保険会社が知らなかったからで
後に、東京に私を送ったことが本部に知れ渡り
どうやら本部からお叱りを受けて
県下の代理店を集めて研修会を開いたとやら・・・(笑)

そこでの内容は知らない。
そういう会を開いたということだけ
実は知っている。

どういう知識を広めたのか
本来というか本物の企業なら
「至急、治療をさせるように取り計らうこと」
とするべきだが
どんな研修会をしたのか甚だ疑問で
内容次第では恐ろしいとも思う。

これが
この病気を患い
苦しみぬいた患者の
辿る道なのだろう。

こんなことだから
この病気で苦しむ患者さんが可哀想でならない。

誰がなんと言おうと
私が脳脊髄液減少症を患っていた事実は
事実としてある。
誰に否定されても何てことはない。
事実と違うだけ。

むしゃくしゃするけど
怒ると自分がしんどいから
前向きに生きよう。

昔の患者さんの足跡



KIKITATAさんのブログより転載

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【交通事故】45年前【脳脊髄液減少症】たかしちゃん、母の愛。
2011/9/8(木) 午前 7:00脳脊髄液減少症子どもの病気 Yahoo!ブックマークに登録
【交通事故】45年前【脳脊髄液減少症】たかしちゃん、母の愛。


たかしちゃんは、45年前に亡くなりました。

小学校時代はいつも明るくムードメイカーでした。
高校生の時に交通事故後の後遺症で自宅より外出せず、
症状が強くなるので寝ている毎日とのことでした。

たかしちゃんの母親は、異常かと思われる位に、
ありとあらゆる各地の大学病院にも連れて行きました。
各地の図書館で医学書を読み続けました。
何時も温厚で暖かな方でしたが、必死の母親に圧倒されていました。
しかし、原因は不明のままでした。

亡くなった原因は、語られませんでした。

私にはこの場面、場面が、明確に記憶に残っています。
たかしちゃんと母親に道端で会ったときの、ふたりの表情も・・・・・
何故・異常・可不思議は記憶に残るものですね。

今の医学であれば【脳脊髄液減少症】で有ったと思います。
たかし、くやしかったろうな。
たかし、なさけなかっただろうな。
おれには、なにもできなかったな。


【脳脊髄液減少症】の知識が、この時代にはまったく無かったのです。

現在は【脳脊髄液減少症】の知識があります。


多くの方に、同じ苦しみは、してほしく有りません。
たかし。そうだな・・・・・
おまえの目は忘れていない。
おまえはいいやつだつた。




【脳脊髄液減少症】の知識が広がってほしい。




たかし、今度、おまえのかあさんに会いに行くからな。


上記の文責は、総て私に有ります。

ご自由に、ご使用下さい。

ありがとうございます。

転載は、御自由です。 (一部転載も御自由です)



みんなが、いち早く、助かります様に・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、同じような話を
別の女性患者さんから聞いたことがあります。
「今思うと、あの方はきっと脳脊だったんだろうと・・・。」

胸が痛みます。
どうか、癒されますように・・・。
そして安らかに・・・。

Nスタ

保険会社から髄液の漏出は認められないとの
手紙がかーこのもとに以前きて、

あまりにも理不尽なので、その手紙に対して、
RIの残存率(健康な人は40%以上なのにかーこは8%)や
画像診断などでも明らかな腰からの髄液漏がわかり、
医師の診断にも髄液漏出とあり、
効果的な治療法であるブラッドパッチで仕事を復帰するまでに
改善したにも関わらず、

何をもって、保険会社はそのような主張をするのか・・
そのような主張をするのであれば、その根拠を
示してほしい旨の意見書をかーこは作成したのですが・・、

その意見書に対して、送られてきた保険会社からの手紙は、
かーこの髄液漏出を再度完全に否定するものだったようです・・。

これが実情で、多くの患者が歩んできた道で
病名を求め、やっと病名をみつけ、
そして高額な治療を自費でした事故被害者へ、
これでもか・・という
とどめのような気さえします。

かーこから、保険会社が送ってきた最初の手紙の
内容を聞いたときは、・・絶句・・だったのですが、
今回は冷静に、(かーこの)保険会社は
こういう方法でしましょう・・・
(というか・・脳脊髄液減少症にはこういう対応で
しか返答してはならない・・)というマニュアルが
あるのだろう・・と思いました。
それが、事故被害者を激しく愚弄し傷つけるものであった
としても・・。


ところで、昨日Nスタで脳脊髄液減少症が
とりあげられました。
脳脊髄液減少症の問題点を
いくつか細かく取り上げてくださっていたように
思えました。

元ナデシコリーグの選手、西口柄早さんが、
スポーツ転倒がきっかけで
その後原因不明の病に・・そして、病名を求め半年後に
脳脊髄液減少症とわかり、山王病院の高橋先生の
もとで、ブラッドパッチを受けます。

今の彼女の姿はとても元気ではつらつとされていて、
脳脊髄液減少症を克服されて、
ブラッドパッチの治療の効果で
社会復帰ができましたと語っていました。


高橋先生のコメントも紹介されていましたが、
優しい表情で、鋭く中間報告の問題点・・を指摘
してくださったように思います。
 
ブラッドパッチで病気が治った・・つまり・・
明らかに脳脊髄液減少症と診断された西口柄早さんでさえ、
画像診断で微妙なため、今の中間報告の診断基準では
はじかれてしまう恐れがある・・とのことでした。


ブラッドパッチ治療で効果のあったかーこも、
首からの漏出しかみとめない・・という今の診断基準では、
腰から漏出があったかーこは、脳脊髄液減少症ではないと
はじかれる恐れがあるのです。


今発表された中間報告で、いったいどれほどの
脳脊髄液減少症患者が救済されるのか疑問に思います。


別件ですが、先日脳脊髄液減少症の裁判で逆転勝訴をした
患者のケースでは、司法の場で、中間報告の診断基準は
厳しすぎるとのことを裁判官は指摘し、原告が逆転勝訴
したようです。


患者を救済すべき診断基準が、
患者を排除するものであってはならないと思います。

医療現場の混乱の中で、患者が置いてけぼりに
なることがあってはいけないと思います。


今回の逆転勝訴判決は意義ある判決だと思いました。
司法の場で、今の中間報告の診断基準は
患者にとって厳しいものだと指摘してくださったことにも、
感慨を覚えます。



Nステの中で轟さん親子がでていました。
愛さんに可愛らしい赤ちゃんが産まれて、愛さんは
お母さんになられていました。おめでとうございます!!


愛さんは事故から診断まで時間がかかり、
今でも痛みをずっと抱えながら起き上るのが苦痛な
日々も多いとのことでした。しかし、周囲の協力のもと
育児をされていました。


お母様の智恵さんが、娘に
痛みのないからだを取り戻してあげたい・・と
語っていました。


報道の中で、ブラッドパッチ治療についても、
改善にはばらつきがある点なども指摘していましたが、
元ナデシコの西口選手と愛さんの両者を取材することで
視聴者にも一目瞭然でそれはわかると思います。


事故から治療までの期間についても改善率に
差がでることもあるので、早期発見早期治療が
いかに大切かということを感じました。


出演者のコメントの中にも、
まずは自分たちがこの病気を正しく知ること、

早期ならば、絶対安静と水分補給でかなり改善されるが
知らないとどんどんと悪化させる恐れがあること、

適切な診断治療をできる医師が少ないから、
疑いがあればそういう医師を探すことなど・・を
述べていました。


そして、国がこのような病気の人に
何らかの手を差し伸べる必要がある時期にきていると
語ってくださいました。


このようなメディアの報道が
どんどんなされることで
今知らない人が、頭の片隅にでも
この病気を記憶してくれると思います。


そのことが、いつか誰かを救うかもしれない・・
と思います。

そしてそれが、とてもとても大切なことなんだと
感じています。

回想録③

退職して心の重しをとったのに
私の身体は良くならなかった。
良くなるどころか少しずつできないことが増えていった。

呼吸が難しい。
息が入ってこない。
握力がない。
活字が見たくない。
読むと気持ち悪いし理解もできない。
音がたまらなくうるさい。
早口で言っているように感じ気持ち悪い。
車酔いも激しく、車から降りてもずっと治らない。
脳が雑巾で絞られているかのような発狂しそうな痛みで
夜中飛び起きることもしばしば・・・。
全身の痛みだけではない。
痺れだけだはない。
訳の分からない症状が
次から次へと負荷されてきた。

こんなに辛くなり続けているのに
整形のお医者さんが保険会社の担当に私の症状を
「随分良くなった。」
と告げたのを聞かされて
お医者さんの前で
「私が嘘を言っているみたいじゃないですか。」
と言って大泣きしてしまった。

「事故のショックで心の病になったんだよ。」
と言われ
「心の病なんかじゃありません。」
とまた泣いた。
今思うと困った患者だと思う。

「ここに来ても良くならないから暫く来ません。」
というと
逆に
「時々は来なさい。」
と言ってもらった。

心も身体もいっぱいだった。

「随分良くなった。」
と保険会社に言う先生は
もしかして私のことを
詐欺師のように思っているのかもしれないと
整形に通うのが苦痛になってきた。
そして・・・整形は月に1回にして鍼治療に変更した。

保険会社に詐欺師のように言われるのは慣れてしまったが
お医者さんにそのように思われていると思うと
たまらなく悲しかった。

その後その整形のお医者さんに道中ばったり会った。
回数が減ったから心配してくれていたのだろう・・・。
その時、
「貴方に渡したいものがある。」
と言って胸に入れていた手帳から
四葉のクローバーを渡してくれた。
その先生の優しさに
「これで元気になれそうです。」
と言って今度は嬉し涙を流した。

半年ほど経過すると
一目でわかるくらいげっそり痩せてしまったから
「ふたまわりほど小さくなったね。」
とその先生から言われた。

「私には貴方を治してあげられない。限界を感じている。」
と告げられた。
よく泣く患者と思われただろうが
また、泣いてしまった。

施しようがない・・・
このままでは私は弱りきって
生きていけないかもしれないのに
なす術がない。

身体が痛い。
頭が痛い。
息が苦しい。
力がない。
もう無理。
もう無理。
限界。

あっこに電話して
「今まで生きてきた中で一番辛い。」
と話した。

「わかった。私が調べる。しっかり。」

返答はあっという間だった。

「大変なことになっているかもしれん。
 脳脊髄液減少症って知ってる?
 もしそれなら即、東京に来て治療をせんといかん。
 私が全部手続き取るから、片道切符だけ持って
 這いつくばってでも来るように・・・。」

あっこはネットでこの病気を調べ
症状から私がこの病気に間違いないと直感でわかり
背筋が凍りついたと後に教えてくれた。

その当時の私はというと・・・
飛行機乗れるかな?
東京に行くその日まで自分はもつのかな?
という感じだった。

死にたくないという気持ちだけで
幽霊のような
抜け殻のような身体を
飛行機に乗せて
這うように東京に向かった。
ギリギリの気合いだけで・・・。



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あっこ&かーこ

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