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小話

森の中で熊に会ったとき
ずっと熊の目を見て後ずさりするのが
一番良い方法なのだそうです。

もちろん、熊に出会わないように
熊がでそうなところには立ち入らないとか・・
そういうことが一番なのですが
それでも自然に生きる人であればあるほど、
会ってしまうことはあります。

先日読んでいる本の中に
熊を困難に例えて書かれていました。

熊を見つめる・・そうすれば熊は
いつしか消える。

熊に抵抗したり、目をそらしたり、
背中を見せて逃げようとすると、
たちまち一撃されてしまう。

見つめている最中は、
怖くて不安が襲ってくるかもしれません。

でも、熊(困難)を見つめる
ことにより、
だんだんと熊(困難)からの距離が
うまれ、
いつしか消えるのかもしれません。

自分が望まない状況におかれた時の
自分を守る術のひとつが、
この話の中に隠されているように
感じました。
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回想録②

人身事故に変更してもらって
これで治療を受けられると少しほっとした。

その頃の私は
くも膜下出血を起こしたのではないかと
思えるくらいの頭痛や
吐き気、痺れや右半分の激痛に
かなりまいっていた。
事故後一週間で3キロ痩せた。

勤務先の同僚に
「頭がくも膜下出血をしているかと思えるくらい痛い。」
と話したこともある。
もう覚えていないけど、あの頃すでにそんな感じだったと思う。

年末に家族で行くはずだった栂池高原も
とても耐えられないとキャンセル。

母は冷やして良くなるのか温めて良くなるのか
わからないから色々試してくれた。
湿布を貼りまくったり
氷枕を買ってきてくれたり
冷やしたタオルで頭をぐるぐる巻きにしてくれたり
マッサージを施してくれたりしてくれた。
本当に一生懸命尽くしてくれた。

鞭打ちってこんなに辛いの?
と思いながらも
1ヶ月くらいでは良くなるだろうと
最初は過信していた。
でも・・・あっという間に1か月たった。

高知で一番大きい総合病院に連れて行ってもらった。
結果は同じ・・・異常なし。
高知で一番大きい脳神経外科にも連れて行ってもらった。
結果は同じ・・・異常なし。

そして・・・異常なしという言葉に
どんどん怯えるようになった。

異常がないというのだから
どんなに痛いといっても
どうせ理解してもらえないだろうと
どんどん口を閉ざしていった。

仕事は1週間のお休みから
1ヶ月のお休みに変更し
そして・・・3ヶ月のお休みに変更した。

さすがに確定申告時に休むとなると
「何を考えているんだ!」
という苦言が耳に入ってきた。
「生活がかかっていないからそんな休み方ができるんだ!」
「所長に謝りに来い。」
と・・・

辛かった。
仕方がない、どうしても体がきつくて仕事ができない。
病名をもたずに、診断書もなく
仕事を休み続けることへの限界を感じた。
自分のどこかにここの仕事をしてこんな目に遭ったのにと
悔しくて憤りのような感情も正直あった。

でも・・・
3ヶ月休んで治らなかったら迷惑をかけ続けられない
身を引こうと考えた。
そして、心の重しを取ろうと思った。

事故から4ヶ月で退職願を提出し退職した。
体重減少が止まらず、げっそり痩せた私を見て
「本当に痩せましたね・・・。」
と何人もの同僚から声をかけられた。

けど、人前では辛さを見せず笑顔でいたので
私がどんな苦しみを抱えているかなんて
わかりっこなかった。

私自身その頃になると
私の苦しみを誰もわかっていないということを
よくわかっていた。

わかりっこない。
わかりようがない。
伝えても
泣いても
わかりっこない。
それが、脳脊髄液減少症という病気だから・・・。


回想録①

病気を乗り越えて
過去辿った道を
少しずつ思い出しながら
数回にわたり記事にしていこうと思う。

回想録という感じでしょうか?

仕事に復帰したから、
ブログの更新もままならない。
締めくくりに乗り越えた過程を残したいと思う。
走馬灯のように流れる記憶を思い出しながら・・・。

ブログを始めた最初のころ、
忘れないようにと
日記として綴ったことあったけど
苦しみの中綴った当時の記録とは違い
どうやって乗り越えていったかとか、
その時に感じた気持ちとかを
思いつくまま
そう・・・気ままに書いていこうと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

仕事が好きで
頑張って仕事をしていた。
毎日毎日くたくたになるまで働いていた。

あの日も出張から帰社する途中
夜の8時前ごろだったと思う・・・。
赤信号で停車していたところ
停車して3秒くらいたって
身体の緊張感が抜けきったとき
後ろからノーブレーキで追突された。
まったくの不意打ちだった。

加害者の車はかなりのスピードが出ていたと思う。
60KMが法定速度の直線道路だったので
計測していないが
それを超えるスピードが出ていたと思う。

バーンというすごい音とすごい衝撃で
事故直後から全身がガタガタ震えた。
でも、私は当初痛みを感じることがなかった。
ただ恐怖心があっただけだったので
「身体は大丈夫です。」
と警察に言って帰った。

車体の修理に70万円かかった。
私の車は普通の日本車。
70万円という修理代は
車を持っていった保険屋さんが支払ってくれた。
右ドアがずれて閉まらなくなったり
右がかなりやられてしまっていた。
車体にかなりの損傷を受けたそういう事故だった。

そういう酷い事故だったにもかかわらず
私の対応にも問題があったのだろう。
物損事故として処理されていた。

本当に物損事故ならどれだけ良かったか・・・。

夜も遅かったし、車も良く見えてなかったのかもしれない。
また・・・私が大丈夫といってしまったから
仕方がなかったと思う。

軽微な事故として処理された事故で
地獄を見せられるなんて・・・
あの時には思いもよらなかった。

事故の翌日、右手が痺れはじめ
吐き気が酷くなり気分が悪くなり始めた。
けど・・・任された仕事があるし休めないと出社した。
帰るころには言いようのない辛さが身体を襲い
観念して休んで病院に行くことにした。

そこから・・・
「異常なし」の医師に言葉の連続が始まった。
MRIもCTもレントゲンも・・・・
物損事故として処理された案件は医者も軽く扱った。

あれだけ車の損害が出て
身体に何も起こらないとは考えられないとの
父の言葉は当たった。

警察官をしていた父の勧めで
物損事故から人身事故に変更してもらうように
手続きをとることにした。
事故から2週間目に・・・。
そのころの私は身体に受けたダメージを
かなり感じていた。

そんな状態だったから変更手続き自体も
警察に出向いたり現場検証に立ち会ったり
ありえないほど大変な作業だった。
主人に仕事を休んでもらい
支えるように連れて行ってもらった。

加害者に電話して
「体調が悪いので人身事故にしてほしい」
と告げると

「人身にするが???
 免停になるやん!!!
 え~~~~~!!!!」

と電話口で聞こえるように言われた。
ダメージを受けた身体にはきつい言葉で
私が何か悪いことをしたかのように
感じてしまった。

だから・・・
現場検証の時、加害者に
「体調が悪く変更してすみません。」
と謝った。


言葉

頑張れという言葉は
今は嫌いじゃない。

むしろ、頑張れるようになったことが嬉しくて
益々頑張って
色んなことに挑戦していきたいと思う。

けれど、
病気でしんどくて
体中痛くて
頭もフワフワしていて
説明できないほど
言いようのないほど
苦しかった時

それを理解していない人から
「頑張れ!!」
と言われた時は
私に何をどう頑張れというのかと
不快な気持ちがした。

回復して体調が良くなって
ある方から
「頑張ったね・・・」
としみじみ言われた時は
全てを理解してもらったと
涙が出そうなくらい嬉しかった。

頑張れという
現在進行形でなくて
頑張ったねと
過去形にしてもらった時
はじめて私が認められた気がした。

過去形にされてはじめて
好きな言葉に変化した。

病気の人は
自分の身体と向き合って
メチャクチャ頑張っている。

だから・・・
かける言葉には
気をつけないといけないと
つくづく思う。

そして・・・
今、頑張っている患者さん全てに
いつの日か
頑張ったねと
過去形で声をかけることができるよう
この病気が治る病気になっていってほしいと
心から願う。


伊織さん おめでとう!!!

大変な身体で妊娠し
大変な身体でお腹の中で長い間大切な命を育み
先日8月3日
男の子の赤ちゃんを無事出産された伊織さん

心から・・・
心の底から・・・

おめでとう

を贈ります。

感動をありがとう・・・。


...............................

お空の上で

「ママ、僕も頑張るから
 ママも、頑張ってね。
 沢山、愛を届けに行くからね・・
 会い(愛)に行くからね。」



脳脊髄液減少症の辛い症状を抱えながら
お薬もずっと飲まずに、
頑張った伊織さん。


無事に赤ちゃんが誕生しました。
本当に頑張りました!



「愛」を届けに来た赤ちゃんを
 
 辛い症状を抱えながらも
 
 この世に生みだしてくれた事・・



これから、脳脊髄液減少症の女性で、
子供を持ちたいと望む方の
希望となるでしょう。



伊織さんと赤ちゃんと、そして
ご家族の皆様、
本当におめでとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

今を大切に・・・

将来私はどうなるのだろう・・・?

とか

あの時にあんなことしなければ
あの時あんな場所に行かなければ
こんな目に遭わなかったのに・・・

とか

そんなことを
最近全く考えなくなった。

東日本大震災という悲しみを
何度も映像でみて

明日が必ずあるという約束なんて
誰一人としてないとわかったから

あるかわからない将来を考えて悩んだり
どうすることもできない
そう・・・
起きてしまって変えることのできない過去を悔んだり

そんなことに時間を費やすことが
どれだけ無意味なことかと
つくづく感じてしまった。

だから・・・
今、この現在を
いかに自分らしく楽しく生きるか・・・

どんな状態であったとしても
どんな境遇にいたとしても
自分は幸せであると
心の底から感じながら
今という時間をを大切に
生きていこうと思う。

それが一番私が幸せでいる方法だから・・・


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