スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悲しみの壁

先日、図書館で娘が「アンネの日記」を借りてきた。
幼い時に読んだその本を、
久しぶりに娘と一緒に読んでみた。

戦時中、ユダヤ人は「ただユダヤ人であるというだけ」で
迫害され、強制収容所に連れていかれて殺される・・
という恐怖におびえて暮らさなければならなかった。

隠れ家では音さえたてることもできず、
トイレさえ制限され、昼間に
太陽の光を浴びることもなく
生活せざるを得なかった・・。

終戦とともに、ナチスのユダヤ人皆殺し作戦は
終わりを迎えることになったが、
罪なき500万以上の「人命」がこの間に殺された。

15歳の少女アンネフランクが自分の目線で
綴った隠れ家での2年1ヵ月の日記が、
家族でただ一人生き残った父によって、
公表された。

その後、彼女の書いた
「アンネの日記」・・によって、
信じられないような現実が過去にあったことを
時代や国を超えて戦後何十年もの間、
子供も大人も知ることができた。

架け橋相談役であり、
ハンセン病問題の全面解決に
取り組んでおられるZIIZIIさんのブログの記事
心が痛んだ。

隔離政策により、外の世界から断絶された
ハンセン病施設にいた子供達が、
コンクリートの壁に穴をあけて外の世界を見ようと
したことが紹介されていた・・。

ハンセン病の子供達が一生懸命開けた小さな穴・・。
でも、その穴から故郷を思っても
出ることが許されなかった・・。
悲惨な現実がほんの少し前でも日本にあったことを
ZIIZIIさんが、経験者として伝えてくださる
からこそ、私は知ることが出来た。

国会で何度か会ったことのあるMさんが以前、
脳脊髄液減少症になってから
自分も「隔離されている・・」
と感じることがある・・と
ZIIZIIさんのブログで
書いていたとき、
私は言葉にならない思いを抱いた。

かーこにそのことを話すと、
「Mさんの気持ちなんとなく解る・・」
と言っていた。

病の最中にあるときは、
かーこは音が耐えられなかったので、
携帯で離れて暮らす家族と電話をすることも辛かった・・。
かーこの子供達にしてみれば・・
「お母さん・・どうしてすぐ電話切るんだろう・・・・」
と思ったかもしれない・・。
話したくても耳が辛い現実があった。

姉がお見舞いに来た時も、途中から無言になった・・。
後で聞くと、姉の話し方が早すぎて気持ち悪くなった・・
といっていた・・。私にとっては、いつもと変わらない
姉の話し方だった。

家族や親せきなら、そのようなことも大目に見てもらえる
こともあるが、家族以外にそのような態度をとったら・・
「失礼な態度をする人だ・・」
と思われかねない・・。
かーこが病気の時に、友達に会うのを避けていたと
言っていたのを覚えている。

本人は地獄のような症状はあるのにも関わらず
一見「意外と健康そうに見える」ことから、
理解されにくく誤解されやすい
脳脊髄液減少症患者。
「仮病・・怠け病・・保険金詐欺・・」
その言葉にどれだけ傷つくことだろう・・。

患者の心の中に・・・だんだんと
社会や・・もしかしたら家族とも・・壁が
できるのかもしれない・・・。
苦しむ期間が長ければ長いほど、
人々の無理解にさらされればさらされるほど、
患者の側の心の壁は厚く、高くなってしまう。


脳脊髄液減少症を取り巻く社会の中にも・・
無関心、無理解・・・・という
マイナスの「目に見えない壁」が
存在しているように思う。
交通事故が絡むと「大人の利権」が
その壁を一層高く厚くしてしまう・・・。

「悲しみの壁」をどうやったらこじ開けるのことが
できるのだろうか・・
ハンセン病の子供達が一生懸命
こじ開けた穴と・・痛みは違うけれど・・
多くの困難と悲しみがある点で
どこか似ているように私は感じてしまう・・。

おかしな現実は必ず良き方向へ
正されていくと信じている。
歴史がそれを物語っている。

「悲しみの壁」の穴から患者の実態を
知ること・・そして、家族や友達に伝えること
そんなちょっとした日常の中にも、
壁が崩れるきっかけがあるかもしれない
と感じている。
スポンサーサイト
プロフィール

あっこ&かーこ

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。