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るみさんのブログより

難病認定の書名の転載と署名を、お願いします! ネットの力で救いたい
皆さんのお力を貸してください



皆様の助けにすがり娘の命を救って頂きたく、
難病認定の書名を呼びかけています。


リュウマチを患った車椅子の私を、20年間手となり足となって助けてくれた、
愛しく、掛替えない娘の命を、
いま「再発性多発性軟骨炎」と云う恐ろしい病が奪おうとしています。




この病は100万人に3人の発症率で、
全国に293人の患者さんが苦しんでいらっしゃいます。




身体中の軟骨を破壊するこの病に侵されると、
12歳未満の子供たちは100%生存できません。




患者さんの中にはまだ幼い子供もいます。
成人で発症した場合でも常に死の危険にさらされます。




難病と認定されていない為に、
月額約20万円の生物学的製剤を投与する事になります。




この額は私には無理です。
鮎子も病をおしてアルバイトを始めました。




難病と認定されれば、治療データがくまなく調査され、
治療法と医療技術・医療設備の向上、
医療費の自己負担の軽減などが期待できます。




現状は、原因不明で明確な治療法も確立されていません。




現在2年間で、患者さんとその家族が支援団体の方々と力を合わせ、
10万人の署名を集めましたが、




難病と認定される為には50万人の署名が必要なんです。




このペースでは認定までにまだ8年も掛かります。
鮎子が5年後に命を奪われる確率は30%です。




この病は、軟骨組織や多くの器官の結合組織に、痛みを伴う破壊的な炎症が見られる病気です。




器官の構造を支えている軟骨組織が侵され、
視覚、聴覚、平衡感覚の障害が現れ、さらには、
気道がふさがれたり、心臓や血管が重度に侵され死に至る病気です。




娘は平成22年に「再発性多発性軟骨炎」と診断されました。




娘には愛する人がいて、年内に結婚する予定でしたが、
病が2人を引き離しました。




娘は彼を思いやり、婚約を取り消す手紙を送りました。




私はこの手紙を読み、声を出して泣きました。




娘は死に衣装はこの世では着ることがかなわなかった
ウエディングドレスを着たいと言います




遺書もしたためています




私は娘が不憫でたまりません
代われるものなら代わりたい




お願いです、鮎子を助けてください





「再発性多発性軟骨炎」で検索すると
署名用紙がダウンロード出来ます。
代筆で良く、FAXで送れます。




またネット署名も出来ます。





これまでのペース、二年で10万人はあまりにも遅く、
今現在発症している人、293人のほとんどの人は落胆していると思われます。




我々の力で年内に後10万人の署名を集め、
この人達に希望と云うクリスマスプレゼントをしましょう
ご協力お願いしますm(_ _)m


転載していただける方がいましたら、宜しくお願いします



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ホ・オポノポノ

先週、高校時代の親友と
ホ・オポノポノで有名なKR女史の講演に行ってきました。

ホ・オポノポノについては
日本では今年、長崎と高知で講演が行われたようで
そういう講演を自分の生まれ故郷で聴けるなんて
幸運な機会を得たとお導きに感謝しました。
東京など県外からもお客さんが来ていたようで
会場は開園と同時にほぼ満席でした。

ハワイの伝統的な問題解決方法である
ホ・オポノポノについては
私も病気をして始めて知りました。

身体がどうしようもなく辛くて
耐えるしかなかった時に
友人が心配して電話をくれ

私はその時、ただ泣きじゃくって
布団で横になったままで

「誰も気付いてくれなかったからこんな思いをするんだ。」
とか
「こんなに酷くなるまでお医者さんもほっといて
 だから私はもう治らないんだ!!!」
とか悔しく悲しい思いをその友人にぶつけてしまいました。

その時に
友人も半分泣きながら

「かーこ、何も考えなくていいから
 この4つの言葉を唱えて・・・。」

と教えてくれました。

それが・・・
「ごめんなさい」
「許してください」
「ありがとう」
「愛しています」

小林正観さんの著書で
「ありがとう」
を唱えると病気が良くなると読んでいたこともあり

私は藁にもすがる思いと
ただ心が穏やかになりたくて
特定の人に対して言うのではなく
何も考えず呪文のように
この4つの言葉を唱え続けていました。

言いようのない悔しい思いが
この言葉を唱えていると
すっと楽になり
身体は辛くても心が緩む・・・
そんな感じがしました。

言葉には魂があり
美しい言葉を遣っていくということは
大切なことだとその時に痛感しました。

講演はすばらしい内容でした。
KR女史と同じあの空間に
自分も友人と一緒に居ることが出来たことが
幸せなことであり嬉しく感じました。

最後、本にサインをしてもらった時
自分が病気で苦しんだこと
辛いとき友人に教えられ
この4つの言葉を唱えて心が楽になったこと
そして今回元気になって
導かれるように講演に参加できたことをKR女史に話し
感謝とお礼の言葉を伝えることが出来ました。

そして握手をしてもらった時に
「体験談をいつか連絡して教えてくださいね・・・。」
と言ってもらいました。

今回も友人が講演を教えてくれて
連れて行ってくれたんだけど
あれからずっと楽な気持ちでいられる自分がいて
心のメンテナンスに良い機会を得て良かったなと
そんなふうに今・・・感じています。

そして・・・
これからの生き方に
ホ・オポノポノの考え方を取り入れていきたいと
思っています。



融合

今日で事故から2年。
BP治療と淡路島での治療のお陰で
とても元気になりました。

この病気・・・
私個人の感想なのですが
西洋医学と東洋医学の融合によって
良くなっていける可能性があると思います。

例えばBP治療に効果がなくても
腕の良い東洋医学の先生のもとで 
症状が消えていくことがあるかもしれません。

私の場合、BP治療後一年間
淡路島に定期的に通うことで
痛みがひとつずつ消えていきました。

痛みとは身体の異常が発するサインのようなもので
一過性のものならば薬で楽になるかもしれませんが
私の場合、いくら薬を飲んでも気休めにもならなかったです。
きっと痛みの根本が治ってなかったからだと思います。

淡路島に通い始めて
頚椎2箇所が逆向きに回転していることがわかり
一年がかりでゆっくりゆっくりもとの位置に戻してもらって
首から上の症状は驚くほど楽になりました。

髄液漏れはBPでしか治らないと思います。
けれど、頚椎の回旋異常は
東洋医学を取り入れるしかないと思います。

頚椎を痛めてしまったり
腰椎を痛めてしまった場合
脊椎に何らかの異常が起こり
髄液循環が阻害され
通常では考えられない異常な圧が硬膜にかかってしまい
またはかかり続けてしまい
限界点を超えた時に
髄液が漏れ始める。

髄液の漏れはBPで良くなる場合が多いし
髄液が漏れることによる症状も消えていくが
異常な圧がかかる構造は身体に残っていて
再発したり、症状が残ってしまったりするのかもしれない。

私は医者でないから
医学的な根拠もないけど
事故から何十年たって症状が発生したり
完治が難しいのは
こういうことなのかもしれないと
一人で考えたりしています。

今の私は事故前と同じかといわれるとそうではないけど
今の状態に感謝しています。

来年の社会復帰は実現しそうで
病気になって周りに一杯心配もかけたけど
沢山の人に助けられ元気にさせてもらったことに
今は心から感謝したいと思います。


坂の上の雲

NHK放送の「坂の上の雲」を昨年から
楽しみに観ています。

先日、BSで放送された第2話を録画して観ましたが、
香川照之は本当に素晴らしい俳優さんだと思いました。
龍馬伝での岩崎弥太郎もお見事でした。
(坂の上の雲・・NHKでは今週日曜日に放送されます。)

香川さん演じる正岡子規は、病魔に侵され
長い闘病生活の中で、燃え尽きようとする命の叫び・・
証を残すかのように、病床で短歌や俳句を綴っていました。
当時の短歌や俳句に新しい旋風を巻き起こしたそうです。

子規の言葉の中で、はっとするものがありました。
「死ぬことは怖くないけど、病苦は怖い」という
言葉です。

同じ言葉を、先日かーこから聞きました。
かーこは、脳脊髄液減少症を乗り越えつつある今でも
「死ぬとかいうことよりも、何よりも病気は恐ろしい」
と・・そう言っていました。

かーこが苦しみの渦中にあったときの言葉の中で、
今でも忘れられない言葉があります。

「健康だった人が死にたいと思うのは、カードの表裏
みたいなもんで、あっという間。後ろでひっぱるもの
(家族のことだと思います・・)がなかったら・・」

健康で病気知らずだったかーこが、
あっという間にそんな気持ちになってしまっていたのか
と思うと・・・

「脳脊髄液減少症」という病気の怖さと、
人間の弱さの両方を
その言葉で知ってしまいました。

生死をさまよう病を経験した友人が、
「自分の為には生きられなかった。」
と言っていた言葉も重なります。

自分の身をもって経験した人から発せられた言葉は
とても貴重です。経験をしていない自分が
いくらその経験を想像しても、
果てしなく想像の域は超えませんし、
痛みなどは、想像すらできません。

先日、ある方が
「人の痛みは何日でも待てるけど、自分の痛みなら
 一日も我慢できないはずだ・・・」
と言っていました。

正岡子規が明治時代に生きて、
自分の命を削りながら作った短歌や俳句が、
今なお愛され続けているのは、

病気の人も、健康な人も、等しく ・・
自分の命、他人の命、自然の中に息づく命についても
共に感じ・・考えよう・・という隠されたメッセージも
あるのかもしれないと思いました。


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医学論争に思う・・

脳脊髄液減少症は、交通事故などの外傷によって
起こるのは極めて稀であると唱える医師がいます。
脳脊髄液減少症の患者は非常に少ないと
いう結論を導き出すために、様々な主張をしているように
思えます。

一方、交通事故などの外傷で
むち打ちと診断された患者の中で、
様々な神経症状が長引いている患者は多く、
それらの症状は髄液が漏れる事によりおこる
・・つまり脳脊髄液減少症である
と唱える医師もいます。

医学論争ともいえるバトルが日経メディカルでも
繰り広げられていました。

脳脊髄液減少症に否定的な医師は、
そのマイナス面を強調したものを掲載し、
多くの患者を救っている篠永先生は、
毅然とした反論文をその後掲載しました。


人それぞれ考え方も違うし、
意見の対立は仕方ないと思います。

ブラッドパッチで効果の無い患者さんも実際存在しますから、
その患者さんを例に挙げて、ブラッドパッチを無意味な
怖い治療と主張することもできると思います。

でも、ブラッドパッチ治療によって社会復帰ができたり、
苦しい神経症状が軽減もしくは無くなった人が合わせて
7割いるのも事実です。

相手を、自分の主張でやっつけようとする・・、
優秀な医師達の間でも、このような論争があるのは
悲しいことだと思います。

自分が正しい相手は間違っている・・・
そこにとどまらず、
相手も正しいかもしれない・・と思いやって
相手の主張を否定しないこと・・・

もしかしたら自分の意見にも修正を
加えるところが必要なのかもしれない・・
そう思うことで、
医学もどんどんと発展していくのではないかな
と思ったりします。

脳脊髄液減少症のブラッドパッチ治療に対して、
否定的な考えを持つ医師は、パッチ治療が効かない
患者には、どういう代替治療があるのかを、
現在パッチ治療をしてくださっている医師と
共に考えてほしいです。

この病気の患者の苦しみを軽減する努力をすること・・

それが、医療であり、医師の尊い役目なのではないかな・・と
思います。

自分が医師だったら・・・・と、かーこが病気に
なったときに心の底から思いました。
それくらい、医師という職業は
尊い職業だと思いました。(今でも高橋先生の
ような先生に出会えたので、そう思います。)

論争している場合でしょうか…?
患者を診てください・・。
何人もの患者を。

実際、脳脊髄液減少症を患った患者は、
10代、20代・・もっと若い人もいます。

寝たきりの人生を余儀なくされています・・

病気自体は存在している事実があるのにもかかわらず、

自分は正しい、相手は間違っていると
治療にあたる医師を論じ込めることで、
患者が救われるでしょうか…。


対立からは何も生まないと思います。
協力してほしいです。


「自分には生きる意味がありますか・・」と叫んでいる
患者がいます。

患者を治してあげてほしいです。

患者を助けてあげてほしいです。



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