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もうすぐ1年

梅雨の嫌な季節。
昨年のこの時期は
人生最悪と言ってよいほどの体調不良に
すっかり冷静さを失っていました。

次々出てくる訳のわからない症状になす術も無く
病名を求め東京に行く日を祈るように待っていた
そんな時期だったと思い返せます。

このままでは生きていくことも難しいなと感じながらも
誰にもそのことを言うこともできず
逃げることの出来ない苦しみに身を置いて
誰にもわかってもらえない孤独にただ耐えていた
そんな感じだったと思えます。

BPからもうすぐ1年。
回復には大きな波や小さな波が繰り返しやってきて
大きな波が来たときは
BPで悪化したのだろうか?とか
私は治らないのだろうか?とか
真剣に悩んだりしていました。

その悪化が好転反応だと気付くのには少し時間がかかり
今なら好転反応ってああいう時のことをいうのかと
冷静に思い返す自分がいます。

梅雨のこの時期
だるさや肩の痛みなどがあり
事故前のようにはいきませんが
明らかに去年のこの時期よりは回復していて
自分でもびっくりするほど元気になりました。
そして家族にも本当に良くなったねと言って喜んでもらっています。

自分の経過を分析すると
私の場合BPで著明改善できた幸運な患者だったと思います。
訳のわからない症状の多くがBPで消えていきました。

強い鞭打ちのような症状
(例えば首の痛みや後頭部の痛み肩の痛みなど)は
東洋医学を取り入れて根気よく治療しています。

東京から高知に帰って約半年
最初の1ヶ月は毎週、それからは毎月1回から2回
構造医学に淡路島に通いました。
その先生に首や後頭部を治療してもらい
痛みの多くを取り除いてもらいました。
回数を重ねるごとに好転反応を繰り返しながら
嘘のように痛みが取り除かれました。
びっくりするほどの効果をお陰様で実感できました。

5月に腰を痛めて遠距離(淡路島)には行けなくなってしまい
高知に気功整体のすばらしい先生がいるとの情報を
高校時代の友人から教えてもらい
最近はその気功整体に通っています。

気功も私の身体には合ったようで
自分の身体を自分で治す力を養ってもらっています。

低髄で弱りきった身体を回復するのに
東洋医学の力を借りるのは私の経験から良いことだと思います。

この一年
私はBP後4ヶ月目から定期的な点滴を続け
そして・・・
構造医学(半年)→気功整体(2ヶ月)に通い
並行して漢方・サプリ(黒酢・ビタミン・ブルーベリー)養命酒の服用を
きちんと続けています。

自分に何が合ったかはわからないです。
でも明らかに良くなりました。
自分に合う治療法を続けて頑張るしかないですから
これからも社会復帰が出来るように頑張ります。



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雨の中

蒸し暑い日が続きます。梅雨のこの季節、
脳脊髄液減少症の患者の皆様には、
非常に辛い時期かと思います。

私の家には、この時期だけかざる
アジサイの花の絵があります。
大学生の時、私が描いた油絵です。

IMG_0613_1_1.jpg


6月は、娘の誕生日があり、雨が降りしきる中
初めて我が子を抱いた喜びを娘の誕生日がくるたびに
思いだします。盛大にとはいえませんが、
毎年子供達の誕生日はお祝いをします。



この時期、我が家では、梅雨を吹き飛ばすように
ワールドカップに燃える夫がいて、つられて私も
サッカー観戦をして夜更かしをしています。

日本だけの試合でなく、色んな国の試合を見ていると
芸術の域に達したスポーツの美を感じます。夫はかなり
詳しいので色々と教えてもらって、サッカーは
一番好きなスポーツになりました。

ところで、今日はpantoさんと、
昔サッカーをしていてグランドを
駆けまわっていた青年のテッシーくんと共に、
神奈川県庁に脳脊髄液減少症の要望書を
提出しにいきました。


要望書_1_1

テッシーくんは、同じ神奈川県に住む青年で、
脳脊髄液減少症を患って9年が経ちます。
高校生の時のバイク事故がきっかけです。
頸椎捻挫との診断があり、それでも症状が悪化し、
脳神経外科(頭痛)や、耳鼻咽喉科(めまいと耳鳴り)
胃腸科(慢性胃炎、下痢、便秘)、眼科(視力低下)
をさまよった挙句、全ての病院で「異常なし」とい
われ、これらの病院の医師から
精神科に行きなさいと言われました。


その精神科で「脳脊髄液減少症」をはじめて聞いたと
いいます。

交通事故からブラッドパッチまで7年が経過した
そうです。今から9年前といえば、
脳脊髄液減少症の認知度が今の比ではなく低く
本当に辛かっただろうな…と思います。

現在でも、非常に辛い症状が残っているようで、
ブラッドパッチを考えているそうです。
このような雨の中、辛い身体で、
遠く横浜まで出てきてくれたことに
感謝しています。

pantoさんは、他県なのに、
遠くから来て下さいました。
話しを噛み砕いて説明してくださって、
いつものことながら
本当に有難かったです。

3人で、色んな話しをしました。相手が
どのように感じ、どのように心に響いたのかは
解りませんが、こちらの要望が一つでも
聞きいれてもらえればと思います。

家に帰って、いつものように、かーこに電話をして、
pantoさんやテッシーくんの話しをすると、







 「脳脊髄液減少症の患者の数だけ、苦しみや
  悲しみがあるんやね・・・・・・」






と言っていました。





一日も早く、一人でも多くの患者の苦しみや悲しみが
軽減されますようにと祈るばかりです。




「髄液漏れ」理解深めて・・・

6月17日の高知新聞朝刊
5歳のとき交通事故に遭って
11年原因不明の体調不良に悩まされ
昨年12月からは車椅子生活になり

新聞記事でこの病気を知った担任教師から
脳脊髄液減少症の疑いを指摘され
大阪で対応してくれる病院がわからず
広島まで行き病名を確定した
高校生の女の子の記事が
写真付で掲載されていました。

あどけなさが残る可愛らしい女の子が
車椅子に座って
支援者の友人たちと署名を集め
この病気の理解を深めようと頑張っている姿に
一患者として心が打たれてしまいました。

「恨んでも11年は戻らない・・・
 何かできないかと思った・・・」
「深刻に苦しんでいる子がいる。
 できれば(府や国に)早く動いてもらいたい。」

と記事はしめられていました。

途中にあるのです・・・。
5歳のときの交通事故で大怪我は無かったと・・・。

でも、実は目に見えない大怪我を背負わされていたのです。
病気に気付いてあげたのが
医者ではなく担任教師だったこと・・・。
問題は山積みです・・・。

この病気は、早期治療ができれば
多くの患者さんが救われると私は信じています。

5歳の時の交通事故の後遺症で髄液が漏れ
まだ17年しか生きていないのに
学生本来の楽しみを奪われ
そして・・・
人生のほとんどの時間を
逃げることのできない苦しみと共に
この可愛らしい女の子が
歩んできたのかと思うと
いたたまれない気持ちになります。

「私みたいな人が他に出て欲しくない
 この病気を多くの人が理解して・・・」

と訴えています。

どうか・・・脳脊髄液減少症を取り巻く環境が
当たり前のあり方に修正されますように・・・。


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