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追い込み 署名 


3月26日に書きました第4回議員連盟会合の記事
の中で、署名は、次回会合にて、長妻 昭厚生労働大臣に
手渡しできることになったことをお知らせいたしました。

つきましては、次回会合までに
さらなる署名を集めて提出したいと
思います。

今回は

切手不要とのことも記載されていますので
どうぞ再度ご協力お願いします。

署名用紙と詳細はこちらから
ご確認と印刷をお願いします。

※ 数日前に記名のみの署名用紙を印刷されました方は、
それも大丈夫です。返送していただき、
さらなる署名があります場合には、新しい
署名用紙でお願いいたします。
こちらの不手際をお詫び申し上げます。


長妻大臣との日程調整を議員連盟の先生方が
とってくださっています。
架け橋の方に日程の連絡がくる予定ですので
連絡がきましたら、提出する正確な日を
お伝えします。

一日も早い保険適用を求めています。
ご協力いただけます方は、何度も
申し訳ありませんが、どうぞ
宜しくお願い申し上げます。
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久々の診察

2回目のBPから半年・・・
身体も心も随分回復しました。
今日は久しぶりの山王病院。
久しぶりの高橋先生の受診・・・。

まずはMRIから
随分自覚症状として良くなったので
絶対改善あるはずと期待したものの
重力の問題???
水が抜けて脳が下がるのは簡単だけど
脳が上がるって難しいことが判明(笑)
そんなに改善は確認されなかったです・・・。
でも下がってなかったから嬉しいですよ!!!

先生曰く・・・
症状が消えてもそういう方って多いですよ。

私も脳を上げるのが目標じゃないから・・・
症状が消えてくれれば脳が少々下にあろうが
別に問題ないです。

そんな画像の私でしたが
握力は 右25 左23 と上等でした。
(BP前  ・・・・ 右2  左5 )
(2回目BP後・・・右20 左19 )

高橋先生からも
肌のつやも良く表情も良く
見るからに全然前と違うねと仰ってもらえて
良くなっているお墨付きを頂いたようで嬉しかったです。

以前の私は先生曰く・・・
打ちひしがれたボクサーのようでしたから(笑)

毎回感じるのですが
高橋先生は素敵なお優しい先生です。
そして・・・私にとっては一番信頼できるお医者様。

来年には社会復帰したいです!!
とはっきり先生に断言してきたので
それを目標にして自分なりに体調を上げていく
努力を続けるのみですね・・・。

以前はタクシーで倒れこんでいたのに
公共交通機関を利用して動けるようになったり
それなのに病院までも近く感じ
足取りも軽くて
間違いなくBP効果で上がっています。

明日高知に帰る予定です。
国会に行ったり久々の診察があったり
本当に慌ただしい一週間でした。
でも・・・充実感でいっぱいです。

脳脊髄液減少症・・・
悲しみと悔しさが溢れる病気。
流した涙を私は力に変えて
きちんとこの病気のこと伝えていきたいし、
自分自身ももっと強くなりたいと
そんなふうに今は思っています。


第4回議員連盟会合

昨日は、雨が降る冷たい1日となりました。
予定された会合が、衆議院第2議員会館 第1会議室にて、
17:00より開かれました。 

IMG_0193_1_1.jpg 

はじめに、
第4回難病「脳脊髄液減少症」を考える議員連盟の
会合を設けてくださいました、
脳脊髄液減少症ネットワーク架け橋
代表 細谷地正樹様 るみさんに心より
御礼申し上げます。

参加者は

議員の先生方他、 
厚生労働省 健康局 疾病対策課保険局  医療課
文部科学省 スポーツ・青年局 学校健康教育課
法務省 民事局

と、患者および、患者の家族側は

(団体の敬称は略します・・)

サンクラブ
大分脳脊髄液減少症患者を支援する会 
脳脊髄液減少症 ひまわりの会
高知県脳脊髄液減少症の会
脳脊髄液減少症ネットワーク 架け橋

の5団体でした。



まずは、各患者団体から言葉を述べました。


サンクラブ は、
代表の栂 紀久代様から、自らが病気に辿りつくまで30年以上
かかってしまったこと。自分のように手遅れにならないためにも、
早期なら治るので、周知徹底・早期治療の必要性を唱えて
くださいました。

サンクラブの活動の中で、電話で患者と話し、
自殺を食い止めていること、
難病の方の話を聞く・・・・という行政のサービスについても、
脳脊髄液減少症患者にとっては、機能していない
現実があること・・
大阪知事にうったえても、返答がないこと・・
等具体例を交えてお話してくださいました。



大分脳脊髄液減少症患者を支援する会は、
代表 轟智恵様の方から、子供の学校事故における
脳脊髄液減少症の不当裁判のことを話してくださいました。

脳脊髄液減少症について、何件も診て治療してくださる
医師の意見書を、全く信用性がないと判決文の中
切り捨てられてしまった一方、
脳脊髄液減少症を否定する医師の
意見書を全面信用していること

・・・つまり・・・学校事故においても・・
脳脊髄液減少症は不当な扱いをうけている・・
救済の道が、司法現場でも閉ざされたこと、

否定派の医師が、保険会社とのつながりがあること、
この病気を認めてしまったら、患者の数が増えて困るとの
医者の発言・・・・

つまり・・大人の利権により・・、
子供が、肉体的な苦しみの上、精神的にも
自分がうけた傷にさらに塩をすりこまれる
現実を強いられていること・・
など、轟様が経験された、
非常に辛い現実について
詳しく話してくださいました。



脳脊髄液減少症 ひまわりの会からは、


代表のおせつさんから、子どのの脳脊髄液減少症を
取り巻く環境がいかに過酷か・・学校に行きたくても
行けないのに病名がなかなかつかず、
不登校の烙印をおされて、子供達が誰からも理解
されず、深く傷ついてしまうこと・・・・

文部科学省への平成19年の通達がまったく
現場の先生に伝わっていないこと・・・・

病名がついても、特別支援学校への転校などにおいても
非常に時間がかかり難しい状況であること・・・

治療をうけても快復までに時間がかかり、
自宅療養のため勉強の支援がうけられず、
あっという間に年月がすぎ、勉強がおくれていくことへの
子供たちが抱える不安・・
子供の一日一日はいかに大切かということを
詳しい資料と共に説明してくださいました。

そして、ピー子ちゃんからも、

自分が、誰からも理解されず悲しかったこと
そして、学校に行きたかったのに行けなくなって
しまった切ない気持・・・
義務教育を受けるのは、権利なのに
どうして、脳脊髄液減少症の自分には
その権利すら享受できないのか・・
辛い心の叫びを、伝えてくれました。

また、ひまわりの会で、ピー子ちゃんと
同い年の男の子も、学校生活から取り残される不安を
伝えてくれました。



高知脳脊髄液減少症の会 ・・つまり・・
(あっことかーこの会なのですが・・)からは、

まず、かーこが
地方患者の現実と、自らの体験をもとに
早期のブラッドパッチの効果を述べました。

医療格差の具体例としては、
四国には診てくれる医師も病院もなく
病名に辿りつけないことと、
病名に幸運にも辿りつけたとしても、
地方の患者は県外に治療に行かなければならない
現実を伝えました。
実際に、四国の患者とも連絡をとりあっているので、
その患者の窮状も交えて話しました。


私からも、
保険適用を早急にして欲しい旨、
先延ばしにすることで、患者は衰弱し、取り返しのつかない
後遺症を抱えるかもしれないこと・・。
かーこが早期のブラッドパッチのおかげで
快復していることを交えて述べ、
医療現場での早期発見の大切さを
周知徹底と合わせてお願いしてきました。



脳脊髄液減少症ネットワーク 架け橋

代表 細谷地 正樹様からは、

つい先日、患者会の方のなかに点滴をうけることすらできず、
医療現場での受け入れ拒否があった現実、
患者側にとっては、「脳脊髄液減少症」との病名で
あったとしても、国に病と認められていな現在では、
患者以外の多くの人にとっては
「怠け病」「仮病」である現状・・・・、

暖房費・食費を削って、点滴治療に当てている患者の窮状。
脳脊髄液減少症と名前がついた途端
すべて治療費は100%自腹になってしまい
経済的な困窮をせまられること等を具体例を
交えて話して下さいました。

同ネットワーク架け橋の事務局長pantoさんからも、

型にとらわれたやり方で、物事を進めていかず
個々の案件に柔軟に対応する方法を、会社・・組織は
とっているけれど、厚労省はどのような対応を、
脳脊髄液減少症の病へとっているのか・・・



研究班の症例が満たなく、研究を引き延ばすとのことだが、
積極的に脳脊髄液減少症に取り組んでいる病院にヒアリング
する等、前回の会合で今回までにお願いしていた件はどうなって
いるのか、


現在の研究班の人材が適任かどうか

など、厚労省への厳しい質問もありました。

それに対しての、厚労省の応答は、努力をして
いますのでお待ちください・・・というものでした。


出席して下さいました議員さんの中で、川内会長
村井先生はもちろんですが・・・・私がとくに
印象的でしたのは、他2名の議員さんでした。

一人は自らが難病と40年つきあっている
という、栃木の女性衆議院議員 玉木朝子先生と、
もう一人は、東京都小選挙区の
衆議院議員 初鹿明博先生でした。

玉木先生は、自分の病気と重ね合わせて、
自覚症状がある以上は、
どうして保険適用がなされないのか・・・
様々な疑問を、各省の方々になげかけてくださいました。

初鹿先生も、鋭い視点で、厚労省・法務省・文科省へ
質問してくださいました。文科省へは特に、明日にも
子供達を守るために何か手立てをうってはどうでしょう・・
と問いかけてくださいました。

強い心で力を貸してくださる先生方だと、私は感じました。


その後も多くの質疑応答があり、予定の1時間は大幅に
過ぎました。


最後に署名を提出する予定でしたが、川内会長から
次回の会合では長妻厚生労働大臣が出席してくださる予定
であり、直接大臣に渡した方が・・とのお話があったので
会長にお預かりしてもらいました。

合計98462の署名が、次回の会合で、
長妻大臣に提出予定となります。


患者や患者の家族を応援する方が色んな場所やブログで
広く集めて送ってくださった署名です。

脳脊髄液減少症患者救済を願う国民の声として、
提出する予定です。 

どこの団体をも超えた多くの心ある国民の声として、
確実に提出する予定ですので、ご協力して下さいました
多くの皆様に心より御礼申し上げます。




なお・・かーこはちょっとお疲れモードでした。
よく高知から来てくれました。
帰りの電車で・・・(幸運にもかーこは座れました!)
「今日は疲れたけれど、来て良かった・・・」
と言っていました。
診察予定までまだ少しあります。
ゆっくりと休んで、体調を戻してもらいたいと
思っています。

弱者に優しい環境

今から9年ほど前、長女を妊娠中
私は、自宅から1時間20分ほどのかかる
勤務地へ毎日電車通勤をしていました。

私は、体質のせいかつわりがひどく
本当にその通勤が辛かったことを覚えています。
今のように、「おなかに赤ちゃんがいます」
マークがなかったので、お腹が目立たないときは
もちろん、目立つようになっても満員電車で
一度も席を譲ってもらったことがなく、
途中下車をしたこともしばしばありました。

一番つわりで辛い時期は、安静にしていなければ
ならないときなのに、妊娠していることが目立たないので
「おなかに赤ちゃんがいます」マークは、
今の妊婦さんにとって電車の移動では欠かせない
と思います。

さて、一見外見からは判断できない病はどうでしょう。


おせつさんの愛娘であるピー子ちゃんが記事の中で
バスに乗っていた時のことを・・
「病人カード的なものが欲しい」
と書いていますが・・

脳脊髄液減少症など、外見からは
一見元気そうに見えるけれど、立っているのが
辛い病の方が、どうしても公共の乗り物を利用しなければ
ならないとき、妊婦さんが携帯しているマークの
ようなものがあったらどんなに良いかなぁ・・と
私も思いました。

昨年末国会に出席された方も、国会に来るまでに
電車を利用したためひどく辛そうでした。
電車に乗らなければならないという
ストレスから、満員電車をさけて
早朝の電車に乗ったようで、
そのような無理が体調を崩す原因となった
ようでした。

かーこも一度山王病院へ電車で行ったのですが
(その時は幸い座れましたが)
もし、目の前に妊婦さんやお年寄りの方がいたら、
かーこの年齢で席を譲らない場合、
後ろめたさを感じることも
あったと思います。

脳脊髄液減少症に限らず、たとえば心臓のペースメーカー
を入れている方や、一見わからないけれど
何かの後遺症がある方、難病の方が、
後ろめたさを感じることなく
公共の乗り物の席に座って欲しいと思います。

そのためには、何か、
「病気で辛いです。座らせてください・・」
のようなマークができて欲しいです。

今月25日に国会に行きます。まずは、脳脊髄液減少症が
病気と認めてもらう努力からスタートです。
そして、病として認められたら、
少しずつ弱者に優しい環境作りに
ついても発信していければと
感じています。

病気への正しい理解を

父が退職してすぐの頃
外食中に舌がもつれ顔面が麻痺し
明らかに目に見える異変があり
本人はどこも痛いわけでなく
足がもつれていたわけでもなく
病院は行かないと言っていたのを
家族で無理やり病院へ連れて行ったということが
ありました。

診断は脳梗塞で
脳幹に近いところにも脳梗塞があり
しかも脳全体にも何個も梗塞があり
ほっとくと大変なことになっていたようですが
幸い即入院でき今は何の後遺症もなく
もうすぐ10年になりますが
元気に暮らしています。

そんな父が私の痛がる姿を見て
たまに気の毒がってくれます。
かわってあげたいとも言います。

脳梗塞は脳の中に梗塞ができる病気。
一刻を争う大変な病気で放置すると命にも関わるし
重篤な後遺症も残る可能性がある病気です。

一方、脳脊髄液減少症は
脳と脊髄を循環している髄液が漏れ
保護されなければならない脳が下垂して
酷い症状が出る病気です。

一刻を争うわけではないけれど
放置すると酷い症状が続き患者が衰弱するし
脳が頭蓋骨にあたり傷つけられ
重篤な後遺症を残す可能性もあります。

また、治療しても髄液の循環がすぐ元通りになるわけでもなく
脳の位置が一番良いところに安定しなければならないし
髄液の量もきちんと増えていかないといけない・・・。

だから、治療後すぐ治るわけでなく
快復に年単位の時間がかかるし
脳の病気でもあり循環系の病気でもあり
本当に大変だと感じています。

元気で来月から母と旅行に行く父を見て
脳梗塞がきちんと治って良かったと思います。
そして・・・
退院直後から何の後遺症もなく元気になった父と
退院しても快復に何ヶ月も何ヶ月もかかり
薄皮をはぐように良くなってはいっているものの
なかなかすっきりしない自分を比べ

ある脳外科医に
脳内に異常がある病気でなく
水物の病気と見下したようにいわれたひとことが
この病気のおかれている医学会の現状を
あらわしているようで悔しくもあり
病気は病気で存在しているのにと
悲しくも感じました。

決して脳梗塞より脳脊髄液減少症が重い病気だと
私は言っているわけではなく
脳脊髄液減少症も放置が許されない深刻な病であるとの
再認識を全てのお医者様にお願いしたいのです。

今月、東京に行って診察を受けます。
高橋先生に今後のアドバイスを受けようと思います。
穏やかで優しい先生だからほっとします・・・。
全国のお医者様にこの病気のこと
正しい理解が広がっていってほしいと願います。


病名に辿りつくまで

脳脊髄液減少症を知らなかった私が、
どうしてかーこの病を発見できたのか・・
これを少し述べたいと思います。

私の夫は、スポーツでむち打ちになったことが
あったため、かーこが交通事故でむち打ちの
診断がなされた時、夫から

「2週間から1カ月くらいかかる・・辛いね・・」

と聞いていました。

事故を境に、調子が悪くなっていると
電話で聞いてはいましたが、1ヵ月
くらいで治るみたいだよ・・と
かーこには言っていました。

「むち打ちで良かったよ・・ひどい後遺症や
死亡事故になってもおかしくないくらいの
事故やもん・・。」

とのんきなことを言っていました。


事故直後に、くも膜下出血かと思うくらいの
頭痛があったと聞き、私は、頭痛を心配
していました。

かーこが、職場の人に、

「くも膜下出血かと思うくらい、頭が痛い」

と言ったら、

「またぁ・・大げさに~」

と笑われたと言っていたのを
覚えています。

1ヵ月を過ぎたころ、まだ体調が悪く
仕事も行けない・・とかーこが言うので、
交通事故・むち打ちのサイトを
検索して、治るのに3か月かかる・・
というのを見つけ、

「治るのに、3か月はかかるみたいよ・・。
暫く仕事も休んで無理しないように」

と・・仕事のことを気にしているかーこに、
アドバイスをしていました。

3か月が過ぎたころ、そのころは色んな病院を
回るも異常なしと言われていたころで、やはり
調子が悪いとのことでした。・・母から、

「かーこは、体の半分が氷のように冷たくて
半分は熱い」

とか、

「ずっと微熱より高いくらいの熱がある・・」

とか、

かーこからも、

「今日は、耳がいたくて・・なんか
 色々痛くてわけがわからん・・」

とか、

「活字が読めない・・」

とか聞き、むち打ちってそんなに辛いんだ・・
と、周囲の友人でむち打ちになった人が
いないかと色々声をかけていました。

インターネットのサイトで、むち打ちになって6カ月
苦しんでいるというのをみつけ、
かーこに、6か月かかる人もいるらしい・・と
悠長なことを言っていました。

4か月ほどたったときには、
電話でも、

「立てない・・座れない・・座る方が辛い・・」

と言っていたと記憶しています。

脳脊髄液減少症を知らない私は、
それでも、むち打ちで、自律神経がやられてしまったと
思い、仕事はやめて、資格があるから
いつでも復職もできるし、いざとなれば
開業もできるから・・と仕事を辞めるように
アドバイスしました。

そして、6か月を過ぎたころ、
母からも、

「かーこが死んでしまうかもしれない・・」

とか、

かーこからも、

「もうだめだ・・」

と電話がありました。私は、
かーこを、関東にあるむち打ちの権威に
連れて行こう、高知ではだめだ・・と
思い、「交通事故後遺症」で
検索をし、偶然開いたサイトで
脳脊髄液減少症をみつけました。

脳脊髄液減少症の様々な症状の中で、

「座位が辛い」・・を見つけ

この病気に間違いないと、鳥肌が立つほどの
震えを覚えました。

夜遅かったのに、実家に即電話をして、
脳脊髄液減少症という病気に間違いないないから、
私が病院を手配するのでかーこに

「予約が取れたら即来るように・・」

「水分補給をするように・・絶対安静で寝ること」

と言いました。

メールで、脳脊髄液減少症の添付ファイルを送るので
読むように・・と言いましたが、かーこは、そのときには、
PCが無理になっていたので、母とかーこの夫に
読むように伝えました。

私にはかーこが90%以上の確率で
脳脊髄液減少症に間違いないという
確信があったのですが、

一方実家の皆は、
半信半疑だったようです。



医者の「異常なし」の言葉の重み・・。



母は、かーこをお祓いにつれていき、
悪いものに取りつかれているから、
異常ないのに、こんなに悪くなった・・
悪いものに連れて行かれる…
と言っていました。

実家では、かーこの症状が徐々に悪くなるために、
1ヵ月前2カ月前、事故前と比べるのではなく、
前日と比べ、

・・・悪くなるのに慣れていた・・・・・

のかもしれません・・。

また、この病の特徴として、外見からは判断しにくい・・。
徐々に痩せても、毎日みていると気付きにくい・・・
ところがあるのです。

私は、かーこと離れていることで
少し離れた目線で、かーこの病状を
とらえ、事故を隔てて恐ろしく悪化している
ことに気付いていました。

かーこが心の病ではないという確信もありました。
なぜなら、かーこの言葉には一貫性がありました。


「死にたくない・・けれど、死んでしまうかも・・」

「気付いたら○○(娘の名前)に遺書のような
 手紙を書いていた・・。」


とは言っていましたが、

「死にたい」という言葉は
一回も聞いたことがありませんでした。
事故後、6か月をすぎたころには、
死ぬと思うほどの苦しい思いをしていることが、
言葉からわかりました。


私が、今現在とても気になっていることがあります。

以前、

むち打ちが1年以上たっても治らない・・

とか、

6ヵ月でまだ辛いのに保険会社から色々言われる・・

とか、

2年前の事故から、むち打ちの症状で苦しんでいる

というような悩み相談のサイトを
脳脊髄液減少症の存在を知らない時に
何十件も見ているということです。

悩み相談をしている方は、今でも脳脊髄液減少症の
存在を知らないかもしれない…と不安になるのです。
以前の私がそうだったように・・。

あなたの、髄液は漏れ続けているかも
しれないのですよ・・・・と教えてあげたくなる
のです。専門医に診てもらって下さい・・・と
教えてあげたくなるのです。


大切な家族の誰かが、交通事故などの後、
原因不明・・異常なしと言われているけれど、
苦しみ続けている場合、悪くなることに
慣れていないかどうか…。

前日よりも、少し悪くなって
いるということは、
思い返したら1ヵ月前、2か月前
よりは、酷く悪くなっているということです。

脳脊髄液減少症が、周知になってほしいです。

どうか、早く見つけてください。
周りの家族も見つけてあげてください。
早い治療が効果を上げるのです。

そのためは、声を上げ続けなければならないと
思います。

因果関係

この病気について
因果関係を証明することはすごく難しい・・・。
事故と病気の因果関係は
明らかに本人はわかっていても
他人にはなかなか理解されにくい。

病名にたどり着くまで
何年もかかっている場合
初診までの平均は6年数ヶ月とあったが・・・
ますます厄介だ・・・。

被害を補償してもらうため
司法の場に救済を求めても
初診までの年数がネックになり
因果関係は認められないというのが
悔しいかな今までの流れだ・・・。
学校事故による不当判決も
裁判官は平然と初診までの期間を述べ
因果関係なしとした。

この病気を患った患者の多くは
原因となる事故があって
その後体調を崩し
長年心の病とされたり
別の病名をつけられ
彷徨ったあげくに
脳脊髄液減少症と診断される。

身体への衝撃という原因があり
髄液漏れという結果がある。
これは紛れもない事実だ。

病名に辿りつく期間が長いか短いかは
患者がどの医師にかかるかによってであり
この病気のことを理解している又は知っている医師が
その患者の前にいるかどうかによる。
患者の問題ではない。

いや・・・私の場合
病気を見つけてくれたのがあっこだったから
周囲にこの病気のことを知っている人がいるか
又は見つけてくれる人がいるかどうかで
患者の明暗が分かれてくるとも考えられる。
そう思うと認知度UPは今後の患者のためにも
今の患者が頑張らないといけない。

この病気に限っては
なんだかおかしな話がまかり通っている。
病名に辿りつくまでの期間が長ければ長いほど
患者の苦しむ期間が長ければ長いほど
因果関係の立証が困難になり
法的に救済されることも難しい現状がある。

私の場合・・・
事故後すぐ硬膜が破れ髄液は漏れていたはずだ・・・。
そんな私も激しい痛みはあるものの
数ヶ月は何とか生活できていた。
事故後ずっと生きていられないほどの苦しみを
感じ続けていたわけではない。
でも明らかに体調は悪かった。
無遅刻・無欠勤の私も事故を境に仕事ができなくなった。
共働き家族の唯一の楽しみである年末家族旅行もキャンセルした。

その後・・・髄液漏れが継続して私の限界を超えたとき
発狂しそうな状態になった。

生きられないかもと思い這うように病院に行ったのは
事故から7ヶ月目。
7ヶ月目に脳脊髄液減少症になるとは思えないと
損保からは因果関係がないようなこと言われた。

いやいや・・・
事故で発症して
誤診により放置され
髄液漏れがどんどん増え
7ヶ月で生きていけないほどになり
幸運に診断が下せるお医者さんに辿りついたというだけだ。

因果関係は間違いない。
身体への衝撃あり髄液が漏れる。
私の辿った道を考えても・・・
このことが医師の間で常識にならなければ
全ての脳脊髄液減少症患者が救われることは難しいし
人類にとっても大きな損失になると思う。


様々な立場

もし・・・病気になったのが
私じゃなくて子供だったら
私自身こんな病気があることを知らなかったから
きっと病名がつくまで子供を叱っていた
理解してあげられない母親になるだろうなと思う。
病名がついてからは自省の念にかられ
変われるものなら変わってあげたいと思うだろう・・・。
まだ小さいのに可哀想にと
どんなことをしてでも治してあげたいと必死になるとも思う。

もし・・・病気になったのが
私じゃなくて夫だったら
病院では異常がないのに
体調が悪いと仕事に行かなくなる夫に
病名がないうちは嫌気がさしてくるかもしれない。
病名がついてからは可哀想と思う反面
一家の大黒柱が倒れ収入が無くなり
そこになんらの補償もなく
病として認められないうちは医療保険さえ当てにならず
膨れ上がる医療費にたちまち家族が生活苦になり
家族みんなが困り果てることになるだろう。

もし・・・病気になったのが
私じゃなくて両親だったら
病名がないうちは年齢の問題だと思うだろう・・・。
病名がついたら快復は難しいかもと思い可哀想でならない。
やはり・・・若ければもっと快復力はあるだろうけど
快復できるとしてもすごい時間がかかるだろうし
重篤な後遺症が残る可能性も否定できず
長年仕事して退職してこれから楽ができるという時期に
病気とだけ向き合わなければならなくなるなんて
やっぱり可哀想でならない。

そんなこと考えると・・・
家族のうち誰かがこの病になる運命だったとしたら??
私で良かったかなと今更ながら思う。

色々な立場の人がいる。
その人にはその人にしかわからない苦しみがあり
その家族にはその家族にしかわからない悲しみがある。

けれどもこの病気に限っていえることは・・・
苦しみや悲しみを最小限に留めることはできるはずだ。
まずは全てのお医者さんがこの病気を理解すること
これがスタートだと思う。

経済的な面からいうと
国や行政の在り方がかわってもらわないと
患者にはどうすることもできない。
自費で治療を受けるしかない現状では
病気になって貯金を食いつぶしたという話を
悲しいかな何度も耳にした。

今の議員さんたちの動きが
患者救済のために必ず実を結ぶものになるよう
期待しています。
そして・・・
今のマスコミ報道により
この病気の認知度が上がり
病名を求めて彷徨う患者が今後いなくなるよう
祈りを込めて・・・。


自分のこととして・・・

私の脳脊髄液減少症が悪化したときの苦しみは
どんな言葉で書いてもちっぽけに思えるほど
単なる激しい頭痛なんかで表現されるも軽い感じがして
頭痛だけではなく全身に様々な症状が出て
言葉では表しようのない感じでした。

1分1秒が辛くて
生きていることが辛くて
生きていることすら無理なのではと何度も思いました。

東京に病名を求めていく直前のこと・・・
低血圧で上が80台だった私の血圧も130まで上がって
低体温で35度前半だった私の体温も36度後半に上がって
もともと低体温・低血圧だから
お医者様は異常なしの範疇だと言いはなったけど
呼吸も苦しく私の身体は明らかに悲鳴をあげていました。

流暢に2年先に保険適用をと言う大臣の言葉や
しっかりとした診断基準ができるまでは
治療をすべきでないと
机上の論理をうちたてる否定派医師の言葉に

あなたがもしその状況に追いやられたとき
そんなにのんびり構えていられますか?
あなたの大事な子供さんや家族が苦しみぬき
2年放置したら重い後遺症が残るかもしれないのに
もしかして、生きているのさえ難しいかもしれないのに
2年待ってみよう、確立した治療法でないから治療せず
治療法が確立するまでほうっておこうなんて言えますか?
BPで明らかに改善した私は是非聞いてみたいです。

書きたくはなかったけど
保険会社の担当が主人に
「もし自分の妻や子供がこの病気になったら
BPなんか受けさせずにハワイにでも連れて行って
ストレスから解放させて治す」 
といったようで
私は再び馬鹿にされたような感じがして
身を切られるような悔しい思いをしました。
また、精神的に弱い人間がこの病気に
なるといわんばかりの暴言に
吐き気がしました。

健康な人の尺度で保険適用を
あと2年待ってくれなんて言ってほしくないです。
経済的に治療できない患者は苦しんでいてください
後遺症が残っても仕方がありませんと
お偉いさんが言っているようなものです。
自分には関係のない病気だと思っているのですか?

早急な対応が必要な病気なのに
放置すれば放置するほど
残る後遺症も重いかもしれないのに
脳が下垂して神経がダメージを受け、
その傷ついた箇所により

頭痛が酷くなったり
首や肩や背中が痛かったり
目が痛かったり視力が落ちたり
睡眠障害がでたり
耳が痛かったり難聴になったり
呼吸困難が起きたり
月経異常が起こったり
手足に麻痺がおこったり
歩けなくなったり
寝たきりになったり
まだまだ・・・・・・

脳脊髄に関係する様々な箇所つまり全身に異常をきたす
恐ろしい病気ということに
お願いです・・。
医療関係者の皆様、その他関係者の皆様・・・
もうそろそろ気付いて手を打ってください。

辛い患者が辛い身体で訴えに行かなければならない現状
皆、自分のような思いを誰にもしてほしくないという
愛で動いています。

いま辛い身体の患者が訴えているこの行為に
もしかして・・・あなたが救われるかもしれないから
ちょっとだけ自分のこととして考えてみてほしいと
私は思います。



症状の表現の難しさ

長男が風邪をひいて先週1週間ほとんど
家で寝ていました。
日曜日から頭が痛いといい始め熱が上がり
月曜日に学校を休んで病院へ・・・
その時は熱も36.5度と下がっていて
インフルエンザでもないとのことで安心。

火曜日にしんどそうには見えたものの
「学校行ける?」と聞くと
「頑張る・・・。」と言うので
熱も下がって咳もしてなかったから
学校へ行かせてしまいました。

帰ってきて
「本当にしんどくてようようだった・・・。」
と言ったものの塾にまで行ってしまい
水曜日から完全ダウン・・・。
熱はでるし咳はでるし吐いてしまうし・・・。

風邪は熱や咳など目に見えての症状があります。
それでも熱が下がり咳もしておらず
本人が大丈夫と言ったら学校に行かせてしまいました。
可哀想なことをしてしまいました。

脳脊髄液減少症はどうでしょう・・・。
初期の段階で
「頭が痛い・・・。」「しんどい・・・。」
心配して親は病院に連れて行き検査で異常なし。
良かった・・・安心した・・・と。

けれど、ずっとその後も具合が悪い。
別の病院に行く。
「心の病では・・・?」
と医師に言われる。
本人は心の病でないと確信しても
医師にそう断言されてしまうと言い返す言葉もない。

どんどん悪くなっていく。
学校も行けない仕事もできない。
これはただ事ではない・・・
何かおかしい・・・。

幸運な人は
何らかの情報でこの診断がつきにくい病気のこと
を知っている人から
「脳脊髄液減少症じゃない・・・?」
と教えてもらえる。

のうせきずいえきげんしょうしょう・・・?
何それ?そうかもしれない。
一筋の光を求めて
すがるように専門病院に行き診断が下る。

患者は・・・
やっと認めてもらえた。
やっぱり病気だったんだ。
仮病じゃないとやっとわかってもらえた。
嬉しくて涙する。
大体の患者の辿る道はこんな感じですかね。

最近、マスコミで取り上げられてきたから
これからこの病気になって
病名にたどり着くのに何年もという方は
少なくなってくると思います。
今までの方の苦労があったから・・・。
私が病名にたどり着いたときどこかのHPで
初診までの平均年数6年数ヶ月とありました。

誰にもわかってもらえない。
それも当たり前ですよね。
だって、ほとんどのお医者さんが
異常なしとはっきり断言するから・・・。
どれだけ私も異常なしの言葉に怯えていたか。

整形外科の先生の前で心の病じゃないと
大泣きをしたこともありました。
そしたらすでに心の病にかかっているから
心療内科に行くように言われて・・・。
本当に悔しいし苦しく辛かったです。

子供の風邪を軽くみてしまい
本人の症状を見える範囲でしか
理解できなかった私がいて
可哀想なことしたと反省する自分。

脳脊髄液減少症の見えない症状に苦しんでいたこと
わかってもらえないと口を閉ざしていった自分のこと
子供の風邪でまた思い出してしまいました。

もっともっとこの病気の認知度が上がり
患者の身体と心の傷が最小限になるように
なっていってほしいと願います。



嬉しいニュース ・・学会が認定

今日のNHKニュース
涙が出るほどありがたいニュースでした。
この病に対し小さな穴が開き、
今後この穴を大きくする風が吹いたらと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

交通事故などの衝撃で脳の周りの髄液が漏れ出し、
激しい頭痛などが起きるとされる「脳せき髄液減少症」は、
これまで病気の存在自体が専門家の間で疑問視され、
健康保険も適用されていませんが、
専門の医師が集まる学会として初めて、
日本脳神経外傷学会が、事故の後遺症として
きわめてまれだが起きると認め、
今後の患者の救済に影響を与えそうです。

「脳せき髄液減少症」は、
交通事故などの衝撃で
脳やせき髄の周りを満たす髄液が漏れ出し、
激しい頭痛やめまいなどが起きるとされるもので、
患者の治療に取り組む医師の団体が
10万人を超える患者がいると訴える一方、
専門家の間では、軽度の事故では髄液は
漏れないとして病気の存在自体が疑問視されてきました。

ところが、日本脳神経外傷学会が各地の病院から
患者23人のデータを取り寄せ検討したところ、
4人については、
▽事故から数日で激しい頭痛を感じていることや、
▽画像から髄液の漏れが確認できたとして、
学会として初めて事故の後遺症だと認定しました。
その一方、残りの19人については、
髄液が漏れているとされた部分を調べても異常がなく、
別の原因が疑われるとしています。

学会では、今回の結果から、
患者数はこれまで言われていた10万人以上より
大幅に少ないとみられるとしていますが、
事故の後遺症と認められず苦しむ患者も多いなかで、
健康保険の適用など今後の救済のあり方に
影響を与えそうです。


今の私

暫く記事をUPできませんでした・・・。
有難いことに心配してくださる方がいて
私は大丈夫ですよ~(笑)。

相変わらず両肩が重痛くて
漬物石がのっかているのではないかという感じ・・・(笑)
それに加え後頭部には引っ張られる頭痛があるのですが
BP前の私に比べればこんな症状何のことない・・・
有難いくらいです。

普通に歩けているし、呼吸も苦しくないし
車の運転も出来るし・・・
できるようになったことが一杯で嬉しいです♪

ただ・・・この病気の人は皆そうだと思うんのですが
自分の現状把握が難しいというか・・・
髄液の漏れは止まったの?
脳の位置はあがったの?
髄液の量は増えたの?
不安要素をいっぱい抱えている感じです。

RIシンチをすれば判るじゃない・・?
と健康な方は簡単に言うけど

腰椎穿刺のリスクと
検査に伴う激痛と
びっくりするほど高額な費用と
とんでもない話ばかりです・・・(涙)
MRミエロがどこでもできればいいのに・・・

なんて厄介な病気になってしまったのでしょう・・・。
本当に治りきったと確信できるような方は少なくて
何らかの症状を抱えてこの病気の患者は生活を送っています。
だから、皆私と同じような不安を抱えていると思います。

話は変わりますが・・・
3月3日るみさんたちが国会に行って
患者の声の第一声を届けてくれましたね。
いつもいつも有難うございます。
あと・・・辛い身体で国会に行かれた患者の皆様
この場を借りてお礼を言いたいです。
ありがとうございました。


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Author:あっこ&かーこ
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