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人生の山について

私は大学卒業後、
税理士事務所に勤めていました。
私が税理士になりたいと思ったきっかけも
その事務所勤務があったからです。

私が勤めていた
その事務所の先生は
人として暖かく尊敬できる方でした。
一度も声を荒げたこともなく
いつも穏やかで、優しく
従業員思いの素晴らしい先生でした。

いつごろからか、
私も将来、その先生みたいになりたいと
思うようになりました。

30歳を過ぎたころから
そろそろ勉強を始めないと
諦めなければならなくなると一大決心し
そんな素敵な事務所を退職しました。
31歳の専門学校生になったのです。

試験勉強、ホント大変でした。
スタートは勢いづいていましたが
3年後ゴールに辿り着く頃には
心身ともに疲れきっていました。
私にとってこの山は高かったように思います。

資格を取って、別の事務所に
再就職することになりました。
そこで、勤務中追突事故に遭って
脳脊髄液減少症になってしまったのです。
変てこな人生です。

病名がわからず、休職していたとき
どうしても以前お世話になった先生に
会いに行きたくなり
その頃はまだ動けていたので
相談がてら話にいきました。
事故後3ヶ月のことでした。

勤務中事故に遭って、体調崩して休んでいること
仕事ができる体調ではないのに
無理解の中にいて、苦しんでいること
色々と親身に聞いてくれました。
2時間くらい時間とってくれ
お話してくれました。
相変わらず、優しかったです。

ひどく精神的に疲れ果てていた私に
その先生がその時
「あなたは、追突されて終わるような人間じゃないよ。」
と言ってくれました。

ずっとその言葉が
病名がわかる前も、
わかった後、闘病生活中も
心の支えになっています。

最近は
「人生は長いから、しっかり休んで治しなさい。」
と言ってくれます。
「いつからでも、やろうと思えばできるから・・・。」
と励ましてもくれます。

私は、絶対治してみせます。
脳脊髄液減少症なんかに負けません。
必ず、過去のものにしてみせます。
不可抗力にも脳脊髄液減少症になって
私の人生が
追突事故の加害者によって終わりにされるなんて
まっぴらごめんです。
そんなの悔しすぎます。

追突されて終わる人生じゃないと
いってくれた言葉とおり
私は必ず克服します。

BP後2ヶ月で、目覚しい快復があります。
だから・・・
ゆっくり時間かけると
克服できるはずです。
それから・・・
自分が大好きな仕事をし、
尊敬する先生のような税理士になります。

人生には山も谷もあります。
決して良いことばかりでもなく
でも・・・悪いことばかりでもありません。
辛い経験や苦しい経験は
自分を大きく成長させる糧になります。

脳脊髄液減少症を克服するという山は
私にとっては未だ経験ないほど高い山だけど
必ずその山も乗り越えようと思うし
やっぱり、頑張って生きていこうと思います。


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