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かーこの日記②

ひき続き脳脊髄液減少患者のために
署名をお願いいたします。記入が埋まらなくても
大丈夫です。よろしくお願いいたします。

脳脊髄液減少症 署名運動

山王病院の受診まで通常
1から2ヶ月は待たされるとあり、
あっこはなるべく急いであげたいと、
症状を箇条書きで書くところを
こと細かく山ほどの症状を書いて
山王病院に送ってくれた。

すると、郵送して一週間もたたないうちに
病院側からあっこに電話があり、
7月9日に診察して頂けることになった。

その連絡があっこから来て、
私は何が何でも東京に行って
自分の身体を預けるぞと必死に生きた。

その時の私は7月9日まで身体を持たそうと
7Kgも痩せてしまっていたけど、
折れそうな木に必死にしがみついているという
形相だったと思う。

7月5日、鎮痛剤を山ほど飲み、
気合いを入れ空港まで夫に送ってもらった。
飛行機に乗り気圧が変わって大丈夫か心配だったので、
事情を説明しCAに手配してもらい
一番後ろの席を2席用意してもらった。

座席に座るや否や横にさせてもらうことができ
何とか東京に辿り着くことができた。

羽田にあっこが迎えに来てくれていた。
ガリガリに痩せて可哀想にと言ってくれた。
ずっとあっこの家に着くまであっこが手を握り支えてくれた。

今、当時を思い出し、涙が頬をつたう。
本当に心身とも弱くなっていた。

東京に着いて少しほっとしたが、
毎日毎日、病院に行ける日まであと何日と数えた。

7月9日診察日、予定時間より遅く名前が呼ばれた。
高橋医師自ら診察室まで招いて下さり
「遠方から大変でしたね。」と仰って下さった。

私は診察室の椅子に座ることができず、
そのまま診察室のベッドに横にさせてもらい
問診が始まった。

問診後に撮ったMRIにはっきり脳の下垂が写っていた。
脳のてっぺんは空洞ができ白くなり、
医学の知識がない私が見ても異常ありと理解できた。

やっと病名がついた・・・。私はやはり病気だったのだ・・・。

と思うと嬉しく、先生に
「ありがとうございます。」と言い涙が流れた。
横であっこも泣いていた。

高橋医師に

「苦しいのでなるべく早く入院させて下さい。」

とお願いすると、

「7月13日から一室だけ空いているよ。」

と仰ってくれた。

「9日に診て、13日に入院できるなんて、
こんなことはないですよ。風が吹いてますね。」

の言葉に高橋医師の優しさが伝わり、
私はどうなろうとこの先生には感謝し続けようと心に決めた。
高橋医師に辿りつけたこと、
やっとスタートラインに立てたことが嬉しく、
幸せな気持ちになった。

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