スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

署名活動をはじめました。

友人が教えてくれたのですが、
今日は私の大好きなマザーテレサの日本時間の
誕生日だそうです。

きっとうまくいく!ように、本日から
署名活動を始めることにしました。

湧水会の署名活動に参加します。

湧水会の署名活動の目的とかさなりますが、私の
個人的な目的を3つあげるとすれば・・・

・医師の認知度をあげてもらいたいことと、
 治療ができるお医者様、医療機関を増やしてもらいたい。
 早く診断がされれば、髄液がもれつづけることから
 おこる脳の損傷も少ないはずだと思います!

・鉄棒落下やスポーツ外傷など、子供にも
 おこりうるため、急に学校に行けなくなった
 子供たちに早急にこの病でないか受診させたい
 ため、学校の先生方、父母の方々に
 この病気を知ってほしい。

・国に疾患としてみとめてもらい、保険適用など
 患者への経済的負担を軽減してもらいたい・・。

等あります・・・。

もしご協力いただけるようでしたら、メアドを
のこしてくれるとありがたいです。

資料を郵送いたします。
よろしくお願いいたします。
 



スポンサーサイト

ありがとう

しばらく、夏の疲れか、私も体調が万全では
ありませんでした。・・・が・・・もう、大丈夫!

少し、ブログを休んでいる間、父と妹の長男
がやってきました。
かーこの顔を見て、父は少し安心したようです。

そして、昨日は山王病院にいって、次回のブラッドパッチと
入院の日取りを決めてきました。

もう一人の姉も、病院にきてくれたので、3姉妹で病院の
待合室でいろんな話をしました。

治療して、1か月治っていないところもあるけど、
でも、カーこはやっぱり良くなってます。過呼吸などの
恐ろしい呼吸の乱れがなくなり、そして、発汗ができる
ようになったので、体温が安定したし、生命の危機は
感じなくなりました。

少しずつ少しずつですが、間違いなくしています。

そして、これはすごい成長ですが本が読めるようになりました。
だから、横になっていてもすごくいい本を読んで
心を落ち着け、学んでいる様子です。
だから、とても心が安定してきました。

一昨日、友達から本当に心の温まる本を送って
いただきました。そして、それをよむにつけ、
じわじわと、温かいものを姉妹ともども感じるのです。

ここでも、シンクロニシティがありました。
私は、ちょうど三浦綾子さんのエッセイを読んで
いました。途中で、やめて送ってきてくれた本を
読んでいたとき・・。

その途中の部分が、「ここから先は、神の領域である」
というところでした。(故)三浦綾子さんはクリスチャンです。
イエス様がいつも心の中にいらっしゃるのです。

この友人から送られてきた本の中に、
三浦綾子さんの言葉が引用されていて、
「ここから先は神の領域である」という
同じ言葉がでてきました。

わたしは、はっとしましたがメッセージって
こうして沢山いただけるんだなぁ・・と自然に
受け入れることができ、ありがたく思いました。

神様が、きっとすべてうまく運んでくださるのです。
すべてを受け入れます。

かーこは、痛みはあるから、忍耐も必要だけど、
でも、この事故をきっかけに多くを学び、受け入れること
をまなび、そして大切なものを気づき、なによりも
顔がとても明るくなりました。

本をおくってくれた友達は、がつうさん(車いす父さん)が
つなげてくれた大切な友達です。心からありがとう。
そして、がつうさんに、多くの心優しい友達を
つなげてもらったことを感謝しています。

ありがとう。

きながにいこう!

おそらく、ブラッドパッチ一回ではカーこの症状は

良くならないようにおもえてきました・・。

2回目のブラッドパッチにかけるしかありません。

1回で治る割合は10%なので、治らなければ、また、

ブラッドパッチをするしかないのです。

少しでも、治りたい・・。完治はしなくても、現状では

寝たきりだから、せめて起きていたい・・・

治る道が今はそれしかないから、すがる思い・・

次はきっとという思いでしているのです。

平均3~4回。多い人で11回もしていると

先生がおっしゃっていました。



先日、実家の近所の方Mさんがなくなったそうです。

ずっと、頭痛を訴え続けて、医者を転々とするも、

異状なし。そして、呼吸器に異常をきたして

救急車で運ばれ、亡くなりました。

かーこが、高知で医者を転々としていたとき、かーこにも、

過呼吸などの恐ろしい症状もありました。

私は、もしかして、近所のMさんも・・この病気では

なかったかと思ってしまうのです…。

妹の過呼吸をしっているからこそ、この病気は

ほっておくと、命にかかわる病気だと思えるのです。


子供では、男の子が女の子の2倍以上この病気に

なりやすいのです。鉄棒からの落下、サッカーの試合中の

事故・・などです。 成長過程の心因性でしょう・・とか違つ病名をつけ、

親も子供を理解できず、どうして学校にいけないの!って

怒ってしまっている現状があるようです。行きたくても

いけないのです。起きたくても、起きていられないのです。

学校関係者の方が、知識として知っているだけで、

もしかしたら、早くこの恐ろしい病を見つけてあげられる

かもしれません。


早く見つけてあげてください。ひとりでも多くの人がこの

病気をしってもらうように、頑張って声をあげます。



こてっちゃん

こてっちゃんを食べたい!!
とかーこがいった。

えっ。

こてっちゃん

正直、結婚して9年、我が家の食卓にこてっちゃんが
でたことはない。

むかーーし食べたことはあったけど、
こてっちゃんが、実家の食卓に出たことも
あまり記憶がない・・・。

こっ 、こっ、 こっ・・てっちゃん

だって、たぶん破れた髄膜って、こてっちゃんみたいな
ほんとは頑丈で、噛みきれんぐらいのもんやと思うもん・・。
だから、篠永先生が発見するまで、この事故や転倒なんかで、
髄膜が破れるってことない・・っていうふうに考えられていた
んやない??

とまことしやかに論じる。

「あ・・あ・・そうか・・・。」と、納得できるような、
納得できないような・・・。

と・・・いうことで、今日の昼は、かーことこてっちゃんに
しました。

医学的根拠もまったくないので、髄膜がこてっちゃんのように頑丈?
であるかどうかなどまったく??なのです・・



たまに、昔から変な根拠を自分なりに力説する
かーこです

まぁ・・笑って、そうそうこれが、かーこの髄膜になるよ~って
おいしく食べました。

体調は・・・台風の影響か撃沈しているんですが・・・

八月八日 末広がりのように、認知度もあがりますように

8月になるのに、高気圧はどこへいったのでしょう・・。
真夏の入道雲はどこへ・・。

どんよりと、重い暗い雲が立ち込める関東で、
カーこの体調は、かなりです。
今日は、気分までです。

湧水会(リンクをはっています)へメールする・・といって
泣きながらメールして、そのあとずっと横になっています。

かーこがうったメールの内容です。・・・・・・・・

はじめまして。私もこの病気に苦しむ**歳の主婦です。
昨年の12月の追突事故によりこの病気になりほぼ寝たきりに
なってしまい今も震える手でメッセージを書いています。

私は税理士であり夢や希望があったのですが、
今はただ2人の子供の元気なお母さんに戻ることを
目標に日々この病気を受け入れ乗り越えようと
頑張っています。

高知から東京に上京し、BPを一度受けましたが
まだまだです。でもこんな私も何かを伝えることが
できると涙を流しながらパソコンに向かって
打っています。

今は東京の姉の家にいてお世話に
なっていますが高知にいつか帰って
私ができる限りの事をしていきたいとも思っています。
この運動にも力になりたいと心から思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

湧水会では、この病気の認知度をあげるために、
様々な活動をされています。
街頭での署名活動などもそうです。
桝添厚生大臣にも、会いに行っています。

ひとりの力では動かなくても、多くの力が
ひとつになれば、変えることはできると思います。

お医者様のなかでも、この病への否定派の
方がいらっしゃることもしっています。でも、
かーこの主治医の高橋先生や、あまりにも
有名ですが、この病気に自らがかかり、
事故で、髄液がもれることがあると発表し、BP
治療をはじめられ、この病気の認知度をたかめようと
ご尽力くださっています篠永先生、そのほか
多くの心あるお医者様の力で、日本医師会も
この病について認めてくださる日が必ず
くると信じています。

命・・原爆投下日に思う

8月6日

かーこは、昨晩眠れなかったようだ。
睡眠ができないと、体が非常に辛い。
今日からは、睡眠薬をとることにすると
いっている。

台風が、沖縄をぬけて台湾の方へ
いっている。でも、おそらく、ここ数日の
体調ダウンは、この台風が影響している
のではないだろうか・・・。

元気な体のときは感じなかった、気圧の変化
で体調がこんなにもダウンするんだ・・・。

普通に眠れて、普通に歩けて、普通に座れて、
普通に御飯がお箸をもって食べれて… 
味わえて・・・・ これが、いまのかーこの
願いなのだ。

かーこの加害者は
謝罪も、3か月なかった・・・。

謝罪にきたときに、加害者から
免許取消にならないように、
警察に陳情してほしいといわれた。
一筆書いてあげたようだ。

えらいなぁ・・。かーこは。って言ったら、
彼(加害者)も早朝からの配達があって
疲れたんだよ~。 あんまり責めると
かわいそうやん! って

もう起こってしまったこと。
きっと、意味あること・・・。

今日は、原爆投下から64年・・・。
先日、図書館にいくと、原爆被害者の方々
が集まって、千羽鶴を折られていた。
8月6日に、毎年広島に届けているそうだ。

私も、1時間ほどその方々と話をしながら
鶴を折った。皆さん、当時は幼いかった、
もしくはお腹の中で被曝されたかたもいた。

人々の命が、人々の手によって
殺められることがないよう・・・
核のない世界を願ってやまない。
戦争を知らない私たち世代、
歴史が繰り返されることがないよう
心していきていかないといけない・・。

瞬時に命を落とされた、広島の
市民の皆様に、心よりご冥福を
お祈りします。

我が家の庭の花たち


IMG_6683_1_1.jpg IMG_6682_1_1.jpg IMG_6681_1_1.jpg IMG_6678_1_1.jpg

家族の思い・・私の思い

8月4日

今日、母が実家に帰った。母はカーこのそばで
明るくいた。かーこは、生きて、食べて、笑ってくれるだけで
それだけでいいと母は言っていた。カーコも、笑って、
気が楽になった~っていっていた。

今まで、男社会でずっと頑張ってきた。もういいじゃない・・。
と私も思う。かーこが仕事したいならしてもいいし、
無理だったら無理でいいよ・・。十分頑張ったもん。

数日前、かーこと母で少し言い争いがあった。
母は、私の家にいても、ずっと寝ているだけだし、
もう少ししたら、次回のブラッドパッチまで高知に
戻ったらどうかと言ったようだ。そして、鍼治療を
うけたら・・と。

カーこは、7か月間泣いて訴えても、詐欺のような目で
しか診てもらえなかった医者が頭をよぎるようで、
どうしても高知に今帰る気にはなれない・・とのことだった。
こわい・・と。鍼治療をうけるより、わたしからの
電流をもらうほうが、治る気がすると。

母は、私の夫を気遣ってそう言ったのだと思うけれど、
私も私の夫も、やっと歩いているかーこを飛行機にのせて
帰すきにはどうしてもなれないことを母に伝えた。
夫は、よくなるまで居てもいいと言ってくれている。
母は、あっこがそういうなら・・と言っていた。

病気をめぐっては、同じ家族であっても、理解できる部分、
理解しようとする部分、理解が追い付かない部分があって、
知らず知らずのうちに、かーこを傷つけてしまっていることが
あると思う。辛いのはカーコだ。かーこのこうしたいという
気持ちを第一に優先してあげたい。

この病気の認知度が低いことで、家族の不和が生じた例も
少なからずあると思う。家族みんなそれぞれ深く心配しているのに、
でも、口から出る言葉が、意に反して刃になることもある。
十分傷ついたかーこへ、あたたかい言葉をえらんで使いたい。

この病気は、交通事故だけではなく、転倒、スポーツ外傷、
出産など、多くの人がなりうる病だ。診断が早くなされれば、
髄液が漏れ、脳が下垂することからうけるダメージも少ない
思う。多くの人、医療関係者が認知してほしい。

そして、診断ができる医者が少ないため、治療待ちのなか、
または、保険が効かないため経済的に困窮し絶望し、
自ら命を絶ってしまう人がいないよう、脳外科の先生方で
この治療ができる方を増やしてもらいたいと思う。


ゆうこりん 天国からみていてね

ヒーリングとシンクロニシティ

27日の月曜、ヒーラーさんから
はじめてヒーリングをうけた。

母に3人娘をあずけて、静かにリラックスして、
目をつぶった。夜の15分だったけれど、すごい経験だった。
微弱の電流なんてもんではない、細長い(言葉は悪いけど、
みみずのような大きさの電流が)体を這うような感覚もあった。
かーこも同じことを言っていた。
心地よい、はじめての体験だった。

無料で、何も知らない人のために、祈ってくれているヒーラーの方、
そして、目に見えないけど、力をくれている存在に心から感謝した。
また、このヒーラーを紹介してくれた友達にも、心から感謝した。

火曜日以降、ヒーリングのおかげで、
かーこは、良くなるかな・・と思ったけれど、そうはいかなかった。
火曜はなにも、出来なくてぐったりしていた。腰も痛いし、頭も痛くて
ずっと寝たきりだった。手を握ろうか…と聞くと、今、あっこから電流が
きたら、感電死する・・といわれてしまった…。確かに、自分でも
微弱な電流の時もあれば、けっこうびりびりと手から流れ出るものを
感じる。今日はやめとこうと思った。

水曜・・・新たな症状・・・指先や手に痛みを訴えていた。
長女がスプーンをにぎるカーこの手が震えていたといった。
看病で母が来ているので、父も高知で心細いのだろう。
涙声で電話があった。かーこのそばに電話が
あるので、かーこは少し話した。口は、悪いが心の優しい父。

私は、実家に帰ると父とよく喧嘩をする。大人になった今も、
父と喧嘩してしまう。改めなければ・・・。

かーこの子どもたちからも電話があった。娘のほうは、泣いていた。
遠く離れた母を思い、幼い心が傷ついていることがわかる…。
かーこに、せめて普通の生活ができるようになってほしい。

木曜日・・、今日は私の20年来付き合ってきた持病の薬をもらうため、
皮膚科に行った。長女も腹痛があったので、同じ建物にある小児科に
連れて行った。長女はすぐに診療は終わったが、
私は待合室で30分ほど待たされた。

長女が「ママ、この本キレイ」と持ってきた本。

それは、・・・極上ハワイ・・

いつか夏休み、行きたいねって言っていた場所だ。

長女とぺらぺらとページをめくる。そこには、きれいなハワイの海岸
美しいホテル・・などなど。イイネ・・・と娘と話していた。すると、
私は、あるページで手を止めざるをえなくなった。

それは、ロミロミというゴッドハンドをもつヒーラーの紹介がされた
ページだった。ハワイには、昔から、病をヒーリングで治す習慣
があったようだ。でも、欧米化が進むにつれ、ロミロミは
それで生計をたてることをことを禁止され、病気の治療には
西洋医学が主流となってしまったようだ。
でも、ロミロミは、水面下でその活動を
つづけ、今ではスポーツ選手や、旅行者、心臓病を患った
患者にその手で、癒してあげているということだった。

かれら(彼女ら)は、ただ心をピュアにして、神のお力が手にやどるよう
祈り、患者を助けてあげてくださいとも祈ることを毎日
欠かさないとも書かれてあった。

私は、今自分の手に起きていることが、どうしても目に見えない
ものからの力としか思えなかった。この記事を、今年になって初めて
いった皮膚科で目にしたことは、なにかシンクロニシティを感じざる
をえなかった。

シンクロニシティといえば、かーこが入院する前日のこと。

私の家は、義理の姉から毎年日めくりカレンダーをいただく。
1日一言心があらわれる言葉がのっている。次女が普段あけない
ひきだしをしきりに私に開けてというので、あけると、昨年の
カレンダーがでてきた。日めくりは、23日であいていた。

その言葉・・
・・・倒れて起き上がった人は、倒れる前よりも強くなる・・・

はっとしてかーこに、ほら・・かーこ偶然じゃないよ!!このページが
目にとびこんできたのは、ブラッドパッチは
カーこが起き上がる第一歩を踏み出すんための治療だよ!
とかーこに日めくりカレンダーをもっていったことがあった。

今回皮膚科でこの本のこのページに出会ったこと。これも、
かーこの手を握ってあげなさいっていうメッセージだと思った。
カーこがあっこと手を握ると感電死する・・といおうとも、
目に見えない存在はそんなことはさせないから・・と深く確信した。

今日は、家に帰ってから、かーこにこの話をして、ずっと手を
握ってあげた。やっぱりびりびりと電流のようなものが流れた。
今日は、気持ちいいと言って、手を握ったままカーこは眠った。
私もうとうとした。

1時間くらいかーこと手を握った。カーこは寝てしまったあと、
そっと手を離して、母のところにいった。

わたしは、はげしい運動をした時のように、ぐったり疲れていた。
でも、かーこが気持よくて眠れること、痛がらないで気持ちいいと
いってくれたことが嬉しかった。

私は、毎日かーこの手を握ることを決心した。もし、
かーこが良くなったら、この病気で苦しんでいるひとの手を
握ってあげたいとおもう。
私の手にかんじる不思議なぴりぴり・・これは、良いものだと
信じよう。少し大きい文字

継続する痛み

7月22日

今日は、3女を病院に連れて行った。母がいるから安心だ。
夏風邪のようだ。
かーこは、まだ頭が痛いようだ。でも、ブラッドパッチ直後の
痛みほどではないのが、見ても感じ取れる。

頭の芯が痛い・・という。

どんな痛みなのだろう・・。でも、きっと私が経験したことのない
ような痛みなのだろう。今日も、午後は、カーこの手を握ってあげた。
私には、昨日のようなピリピリは感じられず、手を握ったまま
寝てしまった。

目が覚めると、かーこが、ずっと電流を感じて、
右手が痛くなったといっていた。私も気のせいか、握ってあげた
左手が痛い。母がよく冗談をいうので、かーこも笑うようになった。

笑顔をみせてくれると、ほっとする。ずっと笑顔でいられる
日が早くくるといいなと思った。

7月23日

今日も、かーこの手を握ってあげた。
お互いに電流のようなものが流れるのを感じる。
すこし、疲れてしまった。かーこも疲れたみたい。
母の肩にも、手を当ててあげた。今、私の手はとても温かくて、
心地いいみたい。母と私で冗談をいって、げらげら
笑った。かーこも病人でないくらい、大きな声で笑った。
笑いは大切!

7月25日

今日は、カーこは具合が悪い。
倦怠感がすごいようだ。
「うつ病になると、だるくて起き上がれなくなるっていうの、
こんな感じかも・・・わかる気がする。」
と言っていた。自律神経がおかしくなると、
いろんな症状がでる。カーこは
今日1日寝ている。天気も不安定で、
この病気の人には辛いのかもしれない。

でも、ひとついいことがあった。まほさんの
「ありがとう」の詩集が
少し読めたみたいだ・・。文字を読むと究極に
頭が痛くなっていたのに、
少しでも読めるのは、進歩だ。

不思議な体験 スピリチュアル

7月22日

かーこの横に寝ると、私の指がぴりぴりしてきた。
とっさに、かーこの手を握った。かーこに、なんか感じる?
ってきくと、電気が私の指からきているといった。
不思議な感覚。初めての感覚。

15分くらい握ってあげた。3時に、子供を
母に預けて、かーこの部屋に入り、だれもはいらないようにして、
手を握ってあげた。

すると、また朝よりもつよく、手がぴりぴりしてきた。
同時に、私の足のつま先から、しびれたような
ぴりぴりがしてきて、手の指先まで登って、
かーこの手に注がれるのを感じた。

かーこは、あっこすごい!すごい!とくりかえした。
ぴりぴり電気がはいってとてもきもちいい。
絶え間なく、電気のようなものが指先からかーこの
右手に注がれる。

あまりにも、気持ちがいいので40分ほど深呼吸しながら
ずっとそのまま手を握ってあげた。かーこがいうには、
そのぴりぴりが痛いところ(頭や背中)でとまって、
また足や、左手に抜けていくと・・・。

これって、ヒーラーさんからの、手紙が届いたから?
とにかく、私の手からのぴりぴりで、カーこがかなり
楽になったようだ。

私は、夕食の支度と娘の用事があったので、
またやってあげるね・・と手をはなし部屋の扉を
あけたまま部屋をでた。

その後、かーこはすばらしい体験をしたようだ。

それは・・・

私が手を話した後も、体に電気が入って気持ちがよかった。
そして、現実世界と思えないような見てはいけないような
雰囲気になったので、目をつぶった。すると、
足先から大きな光の輪(光の圧)が、妹をくぐりぬけ、
痛いところで止まったかと思うと、すっと
抜ける。別の光(目はあけてないが、
赤や黄色のような光という印象)が斜めから
頭の痛いところを通り抜ける。
たくさんの光がカーこをいろんな方向からはいっては、
くぐりぬけ、最後に、両手の掌にひとつずつ光の玉がのった。
そして、その玉を合わせて、脊髄のやぶれてしまった
部分をイメージして、そこにふりそそがれるように
おいた。そうして光は、消えた。・・・と。

実は、その間、母から、「カーこを見て!」・・と呼ばれて、
驚いたことがある。

目をつぶっていたので、私はかーこが気持ちよくて
寝たのだと思っていたが、
妹の首(いつも痛くてヒエピタをはっている部分)が
ありえないほどの震えというか、動きをしていた。

私は、母に大丈夫?と心配になって聞いたが、
母は、寝ているから大丈夫と・・。
その間に、妹にそんなことが起こっていたとは、
思いもよらなかった。

娘の習い事からかえって、妹にこの話をきいた。
妹は、目に見えない光の
存在を深く認識したようで、本当に感謝していた。
病気が介抱に向かう気がしてきた。

名医である、高橋先生を紹介してくださり、現在、こうして
自分を治そうと目に見えない存在までが、かーこに光を
送り続けてくださっていることに、
本当に感謝していた。

ヒーラーを紹介してくれた、友達にも、本当に感謝している。
恩返し・・、これは、きっと人助けだと確信した。
小さなことを大きな愛をもってやろう。・・・愛は、行動。

夜、夫が帰ってくるまで、娘が寝たあと、いろんなお話をした。
今日は、氷まくらがいらなくなった。

かーこはかなり疲れがあるようだが、痛みが軽減したといっていた。

娘(3女)に熱がでた。かなり高い。カーこが今日は氷まくらを
使っていないので、かりることにした。

辛い合併症

7月20日

頭痛がひどい。それに加えて、今までになかった
四肢の痛みを訴える。
肩からさすってあげると、ピリピリしてきて
気持ちよくなったっていってくれた。

また握力がなくなったようだ。でも、首からの発汗があったようで、
自律神経がおかしくなっていた体が元にもどったのかなぁ・・と。

一進一退に、一喜一憂。

高知の実家の子供たちから電話がくるも、2分ほど
喋ると気分が悪くなったようだ。受話器を耳に当てて
話をする行為が辛いみたい。

実家に帰った妹の夫の説明で子供達(小5と小3)も事の重大さを
理解したようだ。泣きながら電話をかけてきた。

小3の娘は、今年よさこいを踊るので(高知のお祭り)
妹に見てもらいたかったようだ。
今年は難しい。来年は大丈夫!と信じている。

食事は、和食。緑黄色野菜、魚、ワカメ類、
豆類中心にしよう。嫌いな納豆も食べて
もらおう。早く昔の髄液の状態にしてあげたい。今日、
協和発酵に注文したコエンザイムQ10が届いたので、
1日2錠のませることにした。

※ コエンザイムQ10は細胞のミトコンドリア機能を活発
  にする作用があるそうだ。 髄液生産を促す効果が
  あるかどうかは、研究中のようだが、コエンザイムQ10
  を試みた患者さんの疲れ具合が軽くなったという報告がある。


今の私にできること。栄養を十分考えてあげること。
大好きなマザーテレサの言葉。

「大きなことはできなくていい。
 小さなことを、大きな愛でしてあげるのです。」

妹「わたし、頭でものを考えられない・・。考えようとすると頭が
  痛くて。労基も、保険も、どうでもいい。そんなこと考えると、
  本当に動悸がして気持ち悪くなる。」

私「明るいこと、考えよう。治ってから、同じ病気の人を助けて
  あげよう。私ブログ作るき、カーコが良くなったら、一緒に
 書こう。ブラッドパッチ後の症状に不安を感じる人のためにも、
 今こんなに苦しくても、数か月・・何年か後には良くなったよ
 ってわかるように。詳しくね・・。」

妹 「私、仕事もうできんかも・・。頭で考えること出来ない
   もん(苦笑)・・。本も読めんし、昔は人間複写機って
   呼ばれよったのに・・(笑)」

私 「生きていくことが大切やで・・。
   子供の母、夫の妻、両親の子供、私の妹でいることが
   大切や。仕事はできればしたらえいわ・・。無理やったら、
   無理でえいよ。」

妹 「いまは、なんもできんけど、いつか、この病気の人や、
   辛い病気で苦しんでいるひとのためになんかしたい・・・。」

私 「そうやね。先はわからんけど、
   私もそれは感じるわ・・。いろんなこと考えらされ
   たわ・・。焦ることないで。一回でだめやったら、
   2回目ブラッドパッチうけたらえいやん。
   今は試練のとき。落ちるとこまで落ちたがやき、
   あとは登るだけやん・・・。あまりにも、急な坂道やったから、
   登るのもきっと時間かかるけど、でも、諦めんかったら、
   かならず登れる!

  長い暗いトンネルでも光が必ずあるから、って
  友達もいいよったよ。高橋先生の
  コメントにも、大好きな“光”という言葉があったもんね。」

2年前の七夕の夜、光になった、がつうさんこと車いす父さんを
一緒にはげました、友達から、私たちは、うまれたときからずっと
光なんだというメールをもらった。
きっと大丈夫ということばも、すべてありがたかった。うれしかった。

いろんな話をする。雑談は大丈夫。とにかく、暗くならないように、
明るいことを話すよう心がけよう。
 
7月21日

早朝5時50分、横で寝ている私の手が当たって辛かったようだ。
悪いことをした。
目が覚めて、氷まくらをかえてあげる。頭がどうしようもなく痛い
とのこと。目をギュッとつぶって、耐えている。

今日から、母が高知から上京してきてくれた。
母はそこぬけに明るい。かーこもほっとしただろう。
部屋から、笑い声が聞こえてきた。母の太陽のような明るさや
冗談に、元気パワーをもらってほしい。

高知から、魚や野菜をいっぱい持ってきた。
八幡様に願をかけているし、般若心経もとなえているから、
大丈夫。笑顔笑顔。
お母さんは、いつでも空気を変える明るさがある。
ありがたい。

友達から教えてもらった、ヒーラーの方からの手紙が届く。
リラックスして霊的な力が、かーこにそそがれますように。

退院と療養  

7月16日

今日退院してきた。入院中は、妹の夫にすべてを
任せていた。
あまりにも辛そうな症状に驚く。頭が痛い・・。
頭が痛い・・・。

頭が痛い・・。

あまりの痛みなようで声も絶え絶え。
氷まくら、ヒエピタ、タオルで
頭を冷やす。首も冷やす。
OS1(経口保水液)は手放せない。

大好きなまほさんの詩集の詩をカーこに
読んであげた。

7月17日

妹が居る部屋を開けると、涙を流していた。
赤ちゃんが入らないように、ドアを閉めていた。
色々考え心細かったのだろう。ひとりにさせて
可哀そうなことをしてしまった。

相変わらず、例えようもない痛みが襲っているようだ。
私の娘(お姉ちゃん)2人に1歳の赤ちゃんを任せて、
かーこの横に寝て、手を握ってあげた。
私も涙がとめどなくあふれてきた。半分でも、
私が痛みを取ってあげたい。
ひとりで背負うには重すぎる。痛すぎる。


双子なのに、かーこばかり
昔から辛い病気をする・・。小さいころから、
なんでも、一緒だったのに、病気だけは
小さい時からかーこがひきうけてしまう。

調布の花火大会があった。
妹の部屋から綺麗に花火が見えた。
でも、妹は臥位のため、音しか聞けない。
妹の夫が支え、少しだけ花火を楽しんだ。

「花火を座って見ることができる時が来たら、
花火をみるたびあっこの家で見た
この花火をおもいだすだろうな・・・」
ポツリと妹が言った。

その日が待ち遠しい。 

7月18日

私の夫が、紀伊国屋で、篠永先生と美馬先生監修、
脳脊髄減少症研究会編著の脳脊髄液減少症データ集
含め4冊を買ってきてくれた。ありがたかった。

その本を、妹の夫は、食い入るように読みこんだ。
4冊を夜中遅くまで読みきって
かなり自分の頭の中で理解したようだ。
データと図とRIシンチの写真を説明
してくれた。

こんなに重症な患者を、どうして異常なしと
診断できるのか!と妹の夫は怒り感じていた。
患者の声を聞き、自分の知らない病を慮り、
調べる努力をしてほしかったな・・と、私も感じた。

かーこは、まるで保険金詐欺のような扱いをうけた
こともあった。病の辛さに追い打ちをかけられるような
ストレスだった。

最後には、医者に行くことが怖くなっていた。
ある医者には、座っていられないのに、
明日から仕事に行けます。これぐらいの状態なら、
皆さん仕事をされていますよと、・・怠け病のように
言われたこともあった。

7月19日

頭痛、倦怠感、気持ち悪さがひどいようだ。
トイレで立つのがやっと。氷まくらで
冷やしてはいるものの、かなりの辛さを感じ取れる。

10日間介護休暇をとってくれた、妹の夫が高知に帰る。
よろしく頼みます。と深々と頭を下げた。
いろんな思いが錯綜して、彼にとっても
どれほど長い、考えさせられる日々だったことだろう。

病はきづきのとき。

妹 「T先生、すごい先生や・・。私きっと、高知にいたら、
   死んでた・・。自分の死がずっと頭からはなれなく
   なってたもん・・・・・。
   応急処置をしてくれた。あんなに早くに。
   私、ほんともう数か月もたんかったと思う。
   1回目(ブラッドパッチ)は応急処置かもしれん。
   もし、症状がよくならんかっても、2回目には
   効くようなきがする。
 
   今は、苦しくても、辛くても、高知におったときよりは、
   死を感じなくなったもん・・・。」

私  「あんな先生も、おるんやね・・。優しいし、
    神々しかったね。」

妹  「病気をみるのではなく、病人をみるが先生
     の信念やって。卒業大学の理念みたい。
    ブラッドパッチ反対派の先生方に、
    この患者の姿を見てみろって
    思う!っていってた。・・・・・・・・・
    何百人もの患者をみて、先生も辛い
    経験をいっぱいしちゅうと思うよ。
    医学会でも軋轢があって、でも
    患者の立場にたって考えようとする
    信念ってすごいよね。あの先生は、
    今までの私の医者のイメージを変えたよ。
    心を感じられたよ。」

私 「先生のブログにメッセージをおくったら、
   ちゃんとかえしてくれたよ。
   やさしかったよ。あの先生を信じたら、
   大丈夫。先生、優しさと冷静さがきちんとある先生。
   ブログを読むとわかるもん。」

7月12日

7月12日

明日から入院。先生のブログにコメントを残した。

・・・・・・・・DR T先生のブログへコメント・・・・・・・

******まま (2009年7月13日 00:18)

先生、明日から妹がお世話になります。何人ものお医者さま
を転々とし、精神的にも肉体的にもつらかった妹です。
高知から上京して、先生に巡り合えて、診断を頂いたことにも
姉妹ともども心から感謝しています。治ることを信じて、
妹もがんばるといっています。明日から、妹が見る夜景を
一足早く見ることができました。先生、今後とも妹を
よろしくお願い致します。

DR***** (2009年7月15日 06:29)

*****まま様
コメントありがとうございます。
とりあえず、診断がついて治療効果がでているようですので、
ほっとしています。
妹様のお部屋からは東京タワーを眺める事ができませんが、
今まで見えなかった今後へ、少しでも光が眺められれば幸いと
思います。

こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7月13日

早朝7時に、タクシーをよび、病院まで妹夫婦が行く。
出発前に、あっこ、病気をみつけてくれて、病院をさがしてくれて
ありがとう。と手を合わして、あたまをさげた。

なんか照れくさくて、治ってきいよ!って笑顔で
おくりだした。今日は、RIシンチ
(髄液漏れを調べる検査のこと)がある。

結果、30%を下まわると髄液漏れ。
(健康な人で40%)妹は8.1%と診断され、
かなりの重症と診断される。

先生が、辛かったですね・・。確実に診断がつきましたよ。
と声をかけてくれたそうだ。

ものすごい痛みが注射針をさしたときにあったようだ。
妹は、でも今まで理解してもらえなかった心の痛みの
ほうが痛かった・・と。

7月14日

今日は、ブラッドパッチ当日。血液(自家液)注入の時、
なかなか血液がとれなくて、先生に看護婦さんが、
とれないので20mlでいいですか、って訊ねたら25ml・・。と一言。

すごく冷静だったようだ。一回のブラッドパッチで治してあげたいって
いう思いが伝わってきた・・って言っていた。

※髄液漏れが確認されると通常男性30ml、女性20mlの
自家血を脊髄に注入する治療(ブラッドパッチ)がおこなわれる。
自家血のため、危険性は少ないが脊髄に、異物を確認するため、
炎症や癒着などおこることがある。

おそらく、RIシンチの結果、重症と判断されたため、
25mlを注入することになったのだろう。

ブラッドパッチの最中、先生と色んな話をしたようだ。
先生の著書にも、患者さんをリラックスさせるため雑談をする・・
と書いてある。かーこがいうには、でも、すごく痛かった・・・と。

カーこは、自分の体験談・・医者ショッピング、
病院ショッピングの話を先生にしたようだ。

何人の脳外科、整形外科の先生をさまよったけれど、
見つけてもらえなかった。医者の前で、大泣きしたことも2回
あったようだ。冷たい医者もいた。

でも、ひとりだけ、病気は見つけられなかったけれど、
かーこに四つ葉のクローバーをくれた先生がいた。かーこが
上京する前に、お役にたてなくて・・と言ったらしい。

かーこはその先生に頼んで、山王病院への紹介状を書いて
もらうことにした。その先生は、唯一優しかったと・・。

症状も苦しかった。でも、それ以上に、理解してもらえない
苦しみがかーこにはあった。
患者はものではない。心がある人間だ。
家族がある人間だ。医者の言葉が、患者に与える影響が大きいことを
心に刻んで、言葉を発してほしいと切に思う。

7月15日

娘の英会話教室に、私と生年月日も血液型も同じ
フラメンコの先生をやっている友人がいる。

妹さんとも生年月日が同じだから、他人事とは思えなくて・・・と
薔薇の花束を、妹さんへ・・と持ってきてくれた。

花は、パワーがあるから、と美しいラベンダーの花の写真もメールしてくれた。
ありがたかった。

過去の日記 7月5日から9日

7月5日 

山王病院で診察を受けるために、上京。
飛行機が不安だったが、何とか、臥位を
保てたようで、無事に到着して羽田で会えて
よかった。細くなって、私の支えで
やっと歩いている。

7月7日

七夕の夜は、がつうさん(大好きな友達)の命日だ。
かわいい子供たち2人と、愛らしい奥様に温かい彼の光が
ずっと注がれますように。
心からご冥福をお祈りします。

7月8日

薬のせいか、かーこは座ってお話ができる。
天使ちゃん3人(私の娘)といると、
パワーがもらえる。生き返った気がする。
すべてのストレスから、環境をかえたことで
いい方向に行きそうなきがする・・・と言ってくれた。

7月9日

今日は、お薬を飲まないで、病院に行くとかーこがいう。
病院につくと、立っていられず、座っていられず、
手が震えだした。苦しそうだ・・。

病院の待ち時間がながい・・・・。
いや、数分が、数時間にも感じた。

名前が呼ばれた・・。先生ご自身が、かーこを
呼びに来てくれた。座るのが大変だったら、
横になっていいですよ。といってくださった。
横になって、診察をうけ、MRIを撮ってきて
くださいとのことだった。
ほんとに温かい優しいものがにじみ出ている、
そんな先生だった。

MRIを撮って、再度提出後、先生に呼ばれた。
脳のてっぺんが白くなっていて、先生が明らかに、
脳が下垂しているので、脳脊髄液減少症でしょうと
のことだった。

かーこも私も泣いた。まずは診断がなされたことが
嬉しかった。得体のしれない病気、
病名のない病気、仮病、怠け病といわれた日々。
辛かったね。かーこ。

現在診療できる医療機関および先生が少ないため、
治療までに通常1~2ヶ月待たされる、
ことがあるようだが、7月13日に病室があいていたようだ。

高橋先生が、「こんなに早く、入院できるということは、
風がふいてきていますね。」と優しいお言葉をかけて
くださった。ありがたかった。声にならない涙声で、
先生に二人で「ありがとうございます。」と言って、
病室を後にした。

かーこが上京してきてからの日記・・・はじめに

脳脊髄液減少症を患った妹カーコについて、
双子の姉がつづった日記です。

カーこが元気になって、一緒に日記を更新できるよう
になるまで、同じ症状に苦しむ人と情報を共有したくて、
私がカーこに代わって、日常を書いていきます。

この病気の方は、文字をよむのが辛いため、
できるかぎり大きめの字で記入します。

はじめに・・・

平成20年12月、赤信号停車中に、70KMで後方から
追突されるという交通事故にあいました。

カーこは、夫と二人の子供たちに囲まれ、また、
税理士として活躍するキャリアウーマンでした。
この事故以来、次第に体調に変化が現れました。

頭痛(本人が言うには、クモ膜下出血ではないかと
思われるほどの痛み)、肩の痛み、首の痛み、難聴、
本が読めない(読もうとすると、頭が割れるように痛くなる)
握力がなくなる、文字が書けない、起立姿勢が辛い、
座位がつらい、体温調節ができない、微熱、歩行時の
ふらつき、倦怠感、気持ち悪さ、一日のほとんどを横なる
・・など、症状もオンパレードで、4か月間の休職後職場を
退職しました。

7月に山王病院で診察を受けるようになるまでに、
6件の病院、整体、鍼を経験しました。

6件の病院では、MRIや血液検査をするも、
以上なしの診断。保険会社にも、
詐欺のようにいわれ、医者に行くことができなくなりました・・。

この病気がこわいのは、外傷がなく、適切に診断ができる
お医者様が少ないため、放置されてしまい、次第に日常生活
への支障、寝たきりになってしまう病気なのです。

また、厚生労働省、日本医師会でも、病として正式に
未だ認められていないため、保険の適用がなく、
経済的にも苦しめられてしまうのが現状です。


最初はむち打ちだと思っていた私も、あまりの症状の
悪さに不気味なものを感じ、いろんな情報をあつめ、
脳脊髄液減少症ではないかと疑い、妹を上京させ、
この病気の専門医のいる山王病院まで、たどり
ついたのです。
プロフィール

Author:あっこ&かーこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。